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新興地域の統計事情 第7回 ベトナム
荒神 衣美
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2013 年 56 巻 3 号 p. 173-177

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1. はじめに

本稿では,ベトナムの統計制度について概説したのち,その中枢である統計総局が出版する主要統計の紹介と,統計総局Webサイトの利用可能性について述べる。

2. ベトナムの統計制度

統計制度の在り方は大きく分けて,(1)統計調査などの業務が特定の機関に集中する「集中型」と(2)複数の行政機関が専門分野について独立に統計業務を行う「分散型」の2つに分類される。高橋によれば,ベトナムの統計制度は前者の体制をとる注1)

ベトナムで統計業務を集中的に担っているのは,統計総局である。その系譜は北ベトナム独立後の1946年までさかのぼることができる。フランス植民地下でインドシナ経済局の下部組織として設置された総統計部が崩壊したのち,それとは一線を画する機関としてホーチミンが設立したのが,ベトナム統計部である。当時の統計部は,戦時体制のもとで,迅速な実態把握のための基礎データを収集し,政府に報告するという重要な任務を担っていた。組織上の位置づけは国家経済省という省庁内の一部署であった。その後,数回の再編を経て,1961年,統計業務を集中的に担う独立した一機関に改編された。現在の統計総局の組織体制がほぼ出来上がったといえる。

現在の統計総局は,計画投資省の直属機関として,経済・社会分野全般にわたる統計業務を担っている。その管轄範囲は中央レベルの統計業務だけではない。統計総局は地方の各レベル(省,県,社)に置かれた支部を通じて,地方統計もその管理下に置いている(図1 ベトナム統計総局の組織図参照)。

図1 ベトナム統計総局の組織図

こうした統計機構のもと,ベトナムの主要統計はおおむね統計総局の管理下で作成され,統計総局の出版社である統計出版社から出版される。統計の利用は,基本的には冊子体を通じてとなるが,近年では,統計総局のWebサイト(http://www.gso.gov.vn)で公表される統計も増えてきた。統計総局のWebサイトにはベトナム語版と英語版があり,おのおのにおいて,消費者物価指数や輸出入額などの速報値のほか,主要なセンサス,サーベイデータの一部が公開されている。英語版サイトはベトナム語版に比べると,情報量や速報性が若干劣るものの,以下で紹介するような統計年鑑やセンサスのデータを閲覧する上では,ベトナム語版サイトとほぼ同様に使える。

3. 主要統計資料の概要とWebサイト公開状況

3.1 統計年鑑

「統計年鑑」(Statistical yearbook of Vietnam/ Niên Giám Thống Kê)はもっとも総合的な統計資料である。その構成は,行政単位・土地・気候,人口・雇用,国家財政・予算,投資・建設,企業・産業,農林水産業,工業,貿易・観光,物価,輸送・郵便・通信,教育,保健・文化・スポーツ・生活水準,国際統計となっている。データ項目にもよるが,おおむね過去5年あるいは10年のデータが掲載されている。1992年版以降はベトナム語と英語が併記されているが,それ以前はベトナム語表記のみとなっている。1970年版からアジア経済研究所図書館(アジ研図書館)で所蔵している。

「統計年鑑」の最新版については,統計総局のWebページにデータが公開されている。メインページ左にある「Statistical Data(Số liệu thống kê)」をクリックすると,データ一覧が表示される。掲載順・内容ともに冊子体と同じである。各データがExcelファイル形式でダウンロードできる点において,Web版は冊子体より利便性が高いといえる。一方,(1)各データ項目の定義が掲載されていない,(2)最新版しか入手できない,という問題点もあり,データの厳密な意味を把握する必要がある場合や,長期間にわたるデータを必要とする場合には,冊子体にあたるしかない。

3.2 センサス・サーベイデータ

(1) 人口・住宅センサス

「人口・住宅センサス」(Population and housing census/ Tổng Điều Tra Dân Số Và Nhà Ở Việt Nam)は,1979年から10年ごとに実施されているが,国際基準に沿った形で実施されるようになったのは1989年からである注2)。1999年版,2009年版については,冊子体をアジ研図書館で所蔵している注3)。「人口・住宅センサス」からは,年齢別,性別,居住地域(都市か農村か)別でみた人口規模分布や,民族,宗教,教育水準といったテーマ別にみた人口分布などの情報が得られる。ただし,1999年版と2009年版でセンサスの構成とデータ項目が一致しておらず,時系列での比較が必要な場合は,おのおのから該当するデータを探し出す作業が必要となる。なお,1999年版はベトナム語版と英語版が別冊となっているが,2009年版ではベトナム語と英語が併記されている。

1999年版と2009年版の人口・住宅センサスは,統計総局のWebサイトからも閲覧できる。Webサイト左の「Statistical Censuses & Surveys(Các cuộc điều tra)」で表示される項目から「Population & Employment(Dân Số Và Lao Động)」を選択すると,他のセンサス,サーベイに混じって人口・住宅センサスのタブが表示される。1999年版についてはExcel表のリストが示されるが,冊子体とは項目名が異なっており,冊子体のデータがそのまま公表されているわけではないことがうかがえる。一方,2009年版については,冊子体のPDF版がダウンロードできる。

(2) 農村・農漁業センサス

「農村・農漁業センサス」(Rural, agricultural and fishery census/ Tổng Điều Tra Nông Thôn, Nông Nghiệp & Thủy Sản)は,1986年のドイモイ以降,1994年,2001年,2006年,2011年の計4回実施されている注4)。農村経済(土地利用状況,インフラ,農林水産業生産額など)および農家経済(家族数,労働力数,耕作面積など)に関する基礎情報の悉皆調査の結果が,全国または省別に集計された形で示されており,農業農村の概況を知る上では必須の統計資料といえる。ただし,冊子体で公開されるデータの種類には毎回相違が見られ,データ項目によっては時系列の比較が難しい場合もある。

「農村・農漁業センサス」の冊子体は,1994年版からアジ研図書館で所蔵している。1994年版はベトナム語版のみとなっているが,2001年版以降はベトナム語と英語が併記されている。

統計総局のWebサイトでは,2001年版からデータが入手できる。Webサイト左の「Statistical Censuses & Surveys(Các cuộc điều tra)」で表示される項目から「Agriculture, Forestry & Fishery(Nông Nghiệp, Lâm Nghiệp và Thủy Sản)」を選択すると,各年のセンサス結果が表示される。ただし,2001年版については主要なデータのみがExcelファイル形式で公開されている。2006年版,2011年版については,冊子体の全文がPDF形式でダウンロード可能である。

(3) 生活水準調査

「生活水準調査」(Vietnam living standards survey: VLSS)は,1992年~1993年と5年後の1997年~1998年に実施された後,「家計生活水準調査」(Vietnam households living standards survey: VHLSS)と名前を変え,2001年~2002年以降2年おきに実施されている。毎回4万を超えるサンプル家計から,人口,教育,保健,労働,収入,消費,住居・資産に関する詳細な情報を収集している。一般に公開されている冊子体のデータは,家計調査結果の一部を都市・農村別,性別および地域別に集計したものに過ぎないが,オリジナルデータは複数の調査対象に関する異時点間の情報を含むパネルデータ化が可能であり,ミクロ実証分析においてしばしば利用されている注5)

なお,冊子体で公表されているデータについても,他の統計資料で得られない家計の収入や消費の構造に関する情報が含まれており,それなりに有用である。冊子体は1992年~1993年VLSSからアジ研図書館で所蔵している。

統計総局のWebサイトでは,冊子体のデータが,2002年VHLSSから閲覧可能である。Webサイト左の「Statistical Censuses & Surveys(Các cuộc điều tra)」で表示される項目から「Living Standard Survey(Điều Tra Mức Sống Hộ Gia Đình)」を選択すると,各年版VHLSSのタブが表示される。2002年版,2004年版は主要統計のみExcel形式で,2006年版以降は冊子体がPDF形式ですべてダウンロードできる。

(4) 企業実態サーベイ

製造業関連の統計整備状況は概して悪い。「工業センサス」は1998年に1度実施されたきり実施されておらず,基本的には「統計年鑑」で公表される生産額・量に関する基本統計以外に参照できるものが見当たらない。そうしたなか,「企業実態サーベイ」(Surveys on the situation of enterprises/ Thực Trạng Doanh Nghiệp)は,企業数,資本規模,労働力雇用,社会保障制度の整備状況,企業収益,労働者賃金といった情報を,企業形態,事業分野,地方などを別に集計したものであり,工業・企業分野の調査研究において,統計年鑑と補完的に活用することが可能である。2004年から毎年出版されており,各版3年分のデータ(たとえば2004年出版のものは2001年,2002年,2003年のデータ)が収録されている。すべての年版の冊子体をアジ研図書館で所蔵している。

「企業実態サーベイ」の一部は統計総局のWebサイトでも見ることができる(「Statistical Censuses & Surveys/ Các cuộc điều tra」・「Enterprises/ Doanh nghiệp」)。各版3年分のデータを掲載している冊子体とは体裁が異なり,主要データ項目につき,2000年~2007年までのデータが1枚のExcelファイルにまとめられている。なお,2010年には2000年~2008年の9年間の企業実態サーベイの結果をまとめた1冊「Enterprises in Vietnam during the first 9 years of 21st century/ Doanh Nghiệp Việt Nam 9 Năm Đầu Thế Kỷ 21」が出版されており,そのPDF版がWebサイトからダウンロード可能である。

4. おわりに

以上,ベトナムにおける統計制度の在り方を確認したのち,その中枢である統計総局が作成する主要統計の概要と入手方法について紹介した。概して,ベトナムの統計整備状況はよいとはいえないだろう。ベトナムの統計全般に,データの種類が少ない,公表されるデータの種類に一貫性がない,またデータ項目の定義がしばしば変更されるといった問題があり,こと長期間での変化を見たい場合には,まったく使えない統計も少なくない。本稿では統計総局Webサイトでの統計入手事情についても紹介したが,Web特有の利便性が十分に得られるとは言い難い。統計総局Webサイトではデータ検索システムが整備されていないため,Webサイト内から必要なデータを探し当てることは容易ではない。まずは必要なデータに関連しそうな統計資料をWebサイト内から探し出し,そこに必要なデータが掲載されているかどうかを統計資料の目次およびデータ表から逐一確認していくしかない。また,そうして得られたデータは,統計資料の出版年によって冊子体のPDF版だったり冊子体データの一部をExcelファイル化したものだったりと公開形式がまちまちである。とりわけ近年出版された統計はPDF形式のみで公開される場合が多く,データをいったんダウンロードした後,分析目的に応じたデータの手入力作業が必要となる。データ公開の在り方についても,データの質についても,今後の改善が期待される点が多い。

本文の注
注1)  以下ベトナム統計制度の歴史的編成に関する記述は,高橋塁. 「ベトナムにおける統計機構の成立と発展:1949年以降を中心に」. 一橋大学経済学研究所Discussion Paper, no.247, 35p, http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/15715/1/D07-247.pdfに基づく。

注2)  Central Census Steering Committee. 1999 Population and Housing Census: Sample Results. The Gioi Publishers, 2000, 238p.の記述に基づく。

注3)  1999年版については,統計出版社ではなく世界出版社(The Gioi Publishers)からの出版となっている。

注4)  実は,ベトナムにおける農業センサスの実施は,1960/61年にFAOが世界農業センサスの一環として南ベトナムで実施したのが最初だった。しかし,このときのセンサスは制度面・資金面でのさまざまな制約から主体性をもった実施とはならず,センサスといえども,一部項目で全数調査に失敗するという結果に終わった。(高橋塁. ベトナムにおける農業センサスの実施とその評価:日本との比較にみる問題点. 城西大学現代政策研究, vol.11, no. 1, p.63-83, http://libir.josai.ac.jp/infolib/user_contents/pdf/JOS-KJ00005029081.pdf.)

注5)  オリジナルデータの入手方法については,筆者は十分な情報を持ち合わせていない。統計総局のWebサイトにおいても,オリジナルデータの入手方法は示されていない。

 
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