2013 年 56 巻 5 号 p. 302-309
この回は,行政機関への手続きについて説明する。その中でも行政審判注1)を中心とする準司法的な手続き(以下,準司法的手続)の意義や特徴を説明したうえで,その審判結果を示した審決・裁決等のリサーチを採り上げる。
一言で行政機関への手続きといっても婚姻手続(婚姻届の提出)のようなものもその手続きの1つであるから,これらすべてを扱うととても煩雑になってしまう。そこで,法律紛争が起きた場合の処理手続の中でも実務的ではあるもののリサーチと合わせて触れられることがあまりない準司法的手続に焦点を絞りたい。具体的には,特許庁や公正取引委員会の下す審決,中央労働委員会の行う命令等である。
このような準司法的手続は,あまり知られていない手続きのため,リサーチも難しい。しかし,その法的結論を示した審決等は,当該分野においては判決に近い実務上の取り扱いがなされることもある重要な法情報といえる。したがって,連載第11回では,準司法的手続という司法手続と違う制度が設けられていることと,そのリサーチ方法を知ってもらいたい注2)。
準司法的手続は,私的な法律問題(紛争)を公権的に解決する際に,われわれが取ることのできる手続きの1つである。裁判所の行う司法手続に類似した周到な手続きで行われる行政機関の行政手続である。行政委員会またはこれに準ずる行政機関が行う行政審判において主として採用されている1)。狭義には,行政審判の手続きを指すことが多いようだが,ここでは厳密な意味での行政審判の定義に該当しないものの,通常の行政手続よりも,①審理機関(担当者)の独立性・中立性・専門性が強く,②審理手続の慎重を確保し,あるいは当事者の手続的権利を充実させている2)各種制度を対象とし,とくに,表1に掲げたものを中心にここでは説明をしていく。
行政機関 | 特許庁 | 公正取引委員会 | 公害等調整委員会 | 電波監理審議会 | 海難審判所 | 国税不服審判所 | 中央労働委員会 | |
根拠法(条文) | 特許法(第121条,123条,125条の2) | 独占禁止法(第49条,50条) | 土地利用調整手続法(第25条) | 電波法(第86条) | 海難審判法(第30条) | 国税通則法(第75条) | 労働組合法(第27条の10) | |
申立方法 | 審判請求 | 審判請求 | 裁定の申請 | 異議申立て | - | 異議申立て審査請求 | 異議申立て | |
判断結果 | 審決 | 審決 | 裁定 | 決定 | 裁決 | 裁決 | 命令 | |
司法との関係 | 審級省略 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × | × |
実質的証拠法則 | × | ○ | ○ | ○ | × | × | × |
こうした準司法的手続は,「行政機関への手続き」であり,これらで審理された結果が審決等として示される。一方,本連載の第6回~第8回3),4),5)で採り上げられた判例の回における判決等は,「裁判所への手続き」を経てなされた審理の結果として示されたものといえる。両者を含めた法律紛争処理手続を概観すると図1のようになる。
図1を見るとわかるように,裁判(司法手続)と準司法的手続では,終局的な解決の手続きか否かの違いがある。もう少し詳しく述べると,裁判については,憲法第七十六条第1項で,「すべて司法権は,最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する注3)。」と定められている。また,第八十一条では「最高裁判所は,一切の法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である注4)。」とされている。こうしたことから,裁判は終局的な紛争処理手続であるといえる。一方,準司法的手続は,終局的ではない。それは憲法第七十六条第2項で,「特別裁判所は,これを設置することができない。行政機関は,終審として裁判を行うことができない。」と定められているためである。
また,上田6)は,「紛争の処理につき両紛争主体の合意が決定的な意義を有するのでなく,一方の申し立てによって手続きが開始し,最後的には裁判所や行政委員会の拘束力ある紛争処理がなされる場合を,紛争の強制的処理と総称できるであろう」と述べている。このことから,裁判や準司法的手続は,両当事者の合意がなくても紛争処理手続が開始されるため,強制的な紛争処理手続であるといえる。
なお,強制的な紛争処理ではなく,当事者間の合意によって解決を図ろうとする和解などの手続きもある。
2.2 準司法的手続の意義ここまでの説明だと,準司法的手続を使うメリットは? と疑問に感じる方も多いだろう。
準司法的手続は,各分野の特殊性に対し,行政がその専門性を生かした判断機能を持つことによって,速やかに権利利益の保護救済や行政の適正の確保を図り,厳格な司法手続とは別の手続きとして,簡易・迅速に,また柔軟に紛争を処理するという意義がある注5)。
2.3 準司法的手続と司法手続(裁判)との関係準司法的手続と司法手続とが関係する点について,ここでは,2つの特徴を紹介する(表1参照)。
(1) 審級省略準司法的手続のすべてではないが,いくつかの制度では,審級省略が認められている。
審級省略とは,行政機関から下された審決等に対する裁判所への訴えを,通常の第一審を行う裁判所ではなくて,第二審以降を行う裁判所の管轄とすることで,審決等に実質的に第一審の機能を持たせるものである。図2に,通常の裁判の流れと特許庁審決に不服があり,その審決の取り消しを求めて,訴訟を提起する場合のイメージをフローで示した。
このように準司法的手続と司法手続をリンクさせることで,紛争処理の迅速化・効率化などを図っている。
(2) 実質的証拠法則こちらもすべての制度ではないが,準司法的手続における審判の適否を裁判所が審査する場合に,行政機関のした事実認定に合理的な証拠の認められる限りは,裁判所は自ら事実認定を行うことはなく,その事実認定を尊重するという法則がある。これは,行政審判が裁判類似の手続きにより専門的,技術的な事柄について事実認定を行うのに対して,専門知識を有さない裁判所が必ずしも公正な結果を担保できるとはいい難いと考えられるからである。また,行政手続と司法審査との関係を合理的に調整した結果ともいえる。したがって,原則新たな証拠調べを要するときには,事件は行政機関に差し戻されることになっている7)。このように,準司法的手続は,司法手続(裁判)との関係においても,一定の権限が認められている。そのことから準司法的手続の有用性や効率性が高まっていると考えられる。
準司法的手続について,さらに詳しく知りたい場合は,総務省の『準司法的手続に関する調査研究報告書8)』や『ジュリスト』No.1352号の特集1「準司法的手続等の今日的意義:特例的行政手続の再検討9)」を参照してほしい。
審決等は,上述のとおり行政機関が司法手続(裁判)に準じた手続きにより下した判断である。判決に近い実務上の取り扱いがなされることもあることから,同種の紛争に関して,過去の審決等における結論やそこに至る事実関係などについてリーガル・リサーチをする必要が出てくる。例えば,自社製品が何十年も使用してきた原材料と形状を表示するもので,一般的に用いられる商品名を商標登録したいとする。新聞記事を見ると,井村屋の「あずきバー」に関して,「あずきバー」は原材料と形状を表示するもので一般的に用いられるものであるから登録できないとする特許庁の審決を取り消す旨の判決があり,商標として登録注6)されるようである。本件も似たような事例に思われる。それゆえ,特許庁がどのような理由から拒絶審決を下し,知的財産高等裁判所がどのような理由から審決を取り消したかを分析することにより,事前の策を講じることができる。
そこで,ここからは審決・裁決等の調べ方について紹介していく。しかし,いざ過去の事例などを調べようとしたときに,網羅的にまとまったこの分野の資料は非常に少ない。法令や判例に関連する資料が必ずしも豊富といえるかは別としても,それらと比べると圧倒的に少ない。ゆえに,これらの資料だけではリサーチの目的が果たされないこともある。そのため,例えば以下でも紹介しているが,誌名に判例や判例解説などと冠されており判例主体で審決等は一部の掲載であったり,審決以外の特許調査が主体のデータベース(DB)であっても,審決等の情報も含まれているのであれば,この分野のリサーチにとっては,大変貴重な資料やDBとなる。そのことをまず理解してほしい。
そこで,以下では幅広く有用となりうる資料や情報などを紹介していくことにする注7)。
3.1 審決・裁決等を調べるデータベース審決や裁決等を調べるには,行政機関等が公開する以下のような無料DBなどがアクセスしやすい。
また,有料DBを利用すると無料DBにはない付加機能があるのでさらにリサーチしやすいことも多い。例えば,TKC社の法律情報データベース「TKCローライブラリー」では,判例データベースのメニューとは別に,行政機関等(審決・裁決)データベースを用意しており,「特許庁審決検索」「国税不服審判所裁決検索」「公正取引委員会審決検索」の個別データベースを設けている。
「特許庁審決検索」では,図3のように,フリーキーワードや審決分類,工業所有権の種類,審判番号,審判種別,法条,審決年月日などの検索項目(図内に点線で枠囲い)から検索できる。また,「公正取引委員会審決検索」のリサーチ例を簡単に紹介すると,図4では事件番号から検索する例(図内に点線で枠囲い)を示し,図5でその検索結果である書誌情報の一部を示している。その中のまず①関係判例欄を見ると,その後の審決取消訴訟の判例ともリンクしており,ワンクリックで関係する判例にアクセスできるようになっている。また,②評釈等所在情報欄には,この審決の評釈の索引情報が掲載されており,どの文献にあたればよいかすぐにわかるので重宝する。さらには,③引用判例欄では,その審決が引用している審決や判例ともリンクがされている。逆に,その審決がその後の審決や判例に引用(被引用)された場合もリンクがされ,いずれも,ワンクリックで審決等の全文を見られるので,非常に有用である。その他にも,処分年月日や事件番号,概要などの基本情報とともに,当該審決が参照する法条文にもリンクが貼られ,法令データベースですぐにアクセスできる注9)。なお,フリーキーワード検索では,企業名での検索でもヒットしてくるので,便利である。
ただし,各データベースによって,リンク付けなどが異なるので,上述した検索方法以外にも,全データベースを横断検索できる「TKCローライブラリーサーチャー」などの機能を使ったり,色々な工夫をしていくとよい。また,情報更新のタイムラグにも注意をしてほしい。
このような法情報総合DBでは,審決等だけではなく,その審決等に関連する法令,判例,文献などの情報も提供されているため,その後のリサーチを素早く進めることができるので,こうした有料DB注10)を利用できるならぜひ一度使ってみてほしい。ちなみに,国立国会図書館では「TKCローライブラリー」を提供しているので,一定の条件の下,無料で利用することができる。
3.2 審決集・裁決集等審決・裁決等を紙媒体で探す場合には,まず審決集や裁決集といわれるような以下の資料などがある。
『公正取引委員会審決集』(公正取引協会)1号(1947)~
『公正取引委員会排除命令集』(公正取引協会)1巻(1962)~26巻(2011)
『公正取引委員会審決集総合索引』(公正取引協会)1~31巻(1986)および32~41巻(1996)
『独占禁止法関係主要審決・判決集』(商事法務研究会)1(1975)~4(1982)
『海難審判庁裁決例集』(海難審判協会)1巻(1963)~
『裁決事例集』(大蔵財務協会)1集(1970)~
『裁決事例要旨集』(大蔵財務協会)平成18年版(2006)ほか
『国税不服審判所裁決例集』(ぎょうせい)全12巻加除式(1976)
『不当労働行為事件命令集』(労委協会)1集(1950)~
「不当労働行為事件命令集」(各地方労働委員会等)
『年間労働判例命令要旨集』各年版(労務行政研究所)
3.3 審決・裁決等掲載誌等(要旨を含む)審決集などのほかに,審決等は雑誌等にも掲載されてくる。さらに,その他媒体も用途に応じて利用できるので紹介しておく。
『判例時報』(判例時報社)1号(1953)~
『審決公報』(特許庁)1号(1938)~
『労働経済判例速報』(経団連出版)1号(1950)~
『中央労働時報』(労委協会)1号(1946)~
『別冊中央労働時報』(労委協会)1号(1968)~
『労働判例』(産労総合研究所)1号(1967)~
『重要労働判例総覧』(産労総合研究所)1984年版~
『T&A master』(ロータス21)1号(2003)~(国税不服審判所のデータベースにその時点で未登載の裁決を紹介)
(その他ソース)
『CD-ROM 審決公報』(発明推進協会)
『食品商標審決抄録集CD版』(日本食品・バイオ知的財産権センター)
『労働判例DVD』(産労総合研究所)
3.4 審決等の評釈をみる審決等の評釈は,以下の判例評釈が掲載されるような雑誌で掲載される場合があるほか,図書等で刊行される場合注11)もある。
『判例回顧と展望(法律時報増刊)』(日本評論社)1巻(1929)~(法律時報の通号)
『新・判例解説Watch』(日本評論社)1号(2007)~
『重要判例解説』(有斐閣)1号(1952)~(ジュリストの通号)
『L&T』(民事法研究会)1号(1989)~
『経済法判例・審決百選』(有斐閣. 2010)
『独禁法審決・判例百選』第6版ほか(有斐閣. 2002)
『メディア判例百選』(有斐閣. 2005)
『公正取引』(公正取引協会)1号(1950)~
『NBL』(商事法務)1号(1971)~
『ちょうせい』(総務省公害等調整委員会)http://www.soumu.go.jp/kouchoi/substance/chosei/main.html(電子ジャーナル化)
『租税判例百選』第5版ほか(有斐閣. 2011)
『税務事例』(財経詳報社)1号(1988)~
『税経通信』(税務経理協会)1巻(1946)~
『税大ジャーナル』(税務大学校)1号(2005)~
本稿では,準司法的手続とは何か,その意義や特徴などを説明した。そのうえで,審決等のリサーチ方法を説明した。表1の各種制度に関するものを中心に紹介してきたが,他の裁決等についても,3章で示した媒体で提供されているツールもあるので,そこで示した順番を参考にぜひあたってみてほしい。
審決・裁決などは,判例に比べても掲載される資料や分量がさらに限られているので,リサーチが難しい分野であるが,ぜひ,ここでの紹介・説明を参考にいろいろな方法でアプローチしていただけたら幸いである。