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連載
新興地域の統計事情
第10回 国際産業連関表
桑森 啓内田 陽子玉村 千治
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2013 年 56 巻 6 号 p. 380-384

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1. はじめに

本連載では,新興国・地域の統計事情について,国・地域別に紹介を行ってきた。連載の最終回となる本稿では,これまでの国・地域別の統計事情の紹介とは異なり,「国際産業連関表」という特定の統計に焦点を当て,その特徴や作成状況を紹介する。本稿で殊更に国際産業連関表を取り上げる理由としては,国際分業や経済統合の進展など,近年注目を集めている経済現象を分析するうえで,その基礎データとしての有用性が高まってきていることや,本連載を担当しているアジア経済研究所が数少ない作成機関としてその作成を過去30年以上にわたって担ってきたことなどが挙げられる。

国際産業連関表は,国民所得統計や貿易統計,人口統計といった通常の統計と異なり,一見しただけではその示しているところがわかりにくい。したがって,本稿では,まず国際産業連関表の見方について説明した後,その作成状況について紹介する。

2. 国際産業連関表の概要

本章では,国際産業連関表の概念について説明する。国際産業連関表は,各国の産業間の取引を記録した「産業連関表」を,貿易取引を通じて複数国について連結した統計表である。したがって,国際産業連関表を理解するためには,そのベースとなっている産業連関表がどのようなものかをまず知っておく必要がある。ここでは,通常の産業連関表について説明した後,その拡張である国際産業連関表について紹介する。

2.1 産業連関表の見方と役割

2.1.1 産業連関表の見方

産業連関表とは,ある経済の一定期間(通常は1年間)における財・サービスの産業間の取引を包括的に記述した統計表であり,①国民所得統計,②資金循環表,③国際収支表および④国民貸借対照表とともに,一国の経済取引を統一的に記録する勘定体系である国民経済計算体系(System of National Accounts: SNA)の中核をなす5つの統計表の1つである。

1は,一国の経済を単純化し,農業と製造業の2産業のみから構成されていると仮定した場合の産業連関表の例である。ここでは,各産業の生産量は,すべて金額で表示してある。表の見方は以下の通りである。

表1 産業連関表の例(2産業)

まず,1を横方向に読むと,各産業の産出構造(販路構成)を知ることができる。例えば,行見出しの「農業」を横方向に見ていくと,表の右端には1年間に生産された農業の生産物の総額(総産出)として300億円が計上されている。その間の欄には,300億円の農業の生産物が,各産業やその他の経済主体にどれだけ販売されたかが記録されている。1からは,300億円のうち95億円が農業に,115億円が製造業に販売されたことがわかる。各産業への販売額は,その産業の生産に原材料などとして使用されるため,「中間需要」と呼ばれる。さらに,農業の生産物は「最終需要」と呼ばれる家計消費や政府消費,投資などに530億円販売され,海外にも30億円が輸出されている。しかし,国内外の「中間需要」や「最終需要」を満たすために必要となる農業の生産物の合計は770億円に上り,国内の生産額300億円だけでは需要を賄い切れない。そのため,不足分の470億円は輸入によって賄われることになり,それがマイナスの控除項目として「輸入」の欄に計上されている。

一方,1を縦方向に読むと,各産業の投入構造(費用構成)を知ることができる。列見出しの「農業」を縦方向に読むと,300億円の生産を行うために,農業から95億円,製造業から45億円を原材料などとして購入することがわかる。生産のために各産業から購入する原材料などを「中間投入」と呼ぶ。中間投入のほか,生産には労働や生産設備などの生産要素の投入が必要である。産業連関表では,これら生産要素の投入は「付加価値」として計上されている。1の例では,300億円の農業生産のために,労働などの生産要素を160億円投入していることがわかる。

2.1.2 産業連関表の役割

産業連関表は,上述の通り,国民経済計算体系の中核をなす統計表の1つとして,各産業で1年間に生産された生産物の使途と費用構成を示すほか,その作成自体が重要な意味を持っている。すなわち,産業連関表は生産統計,所得統計,貿易統計などの統計を独自の調査(投入産出調査)を踏まえて統合し,統一的な基準の下で記録しているため,各種統計の整合性の確認・維持という役割を果たしている。

また,統計表としての役割のほかにも,産業連関表は分析ツールとしての側面も持っており,基本的な行列計算により,各産業の生産物に対する需要の変化(イベントやプロジェクトなど)が産業間の結びつきを通じてもたらす経済波及効果を計測することが可能となる。そのため,政策効果の計測などに利用されている。

このような性質から,産業連関表は基礎統計の整備や開発政策の評価などを目的として,多くの国・地域において作成が行われてきた。

2.2 国際産業連関表への拡張

2.2.1 国際産業連関表の見方

国際産業連関表は,1で示した産業連関表を,貿易取引を通じて複数の国について連結し,国内の産業のみならず,各国の産業間の取引を記録した統計表である。2は,2か国(A国およびB国)の産業連関表を連結した国際産業連関表の例である。なお,各国の産業は1と同様,2産業(農業と製造業)のみからなると仮定している。2におけるA国の部分は,1の産業連関表を国産財と貿易財(輸入財と輸出財)に分けて記述し,B国の産業連関表と連結したものである。

表2 国際産業連関表の例(2か国2産業)

2から明らかな通り,国際産業連関表は1で示された通常の産業連関表における産業間取引を国産財と相手国別の貿易財(輸入財と輸出財)に区別して記録することにより,国内産業のみならず,他国の産業との取引額をも読み取ることを可能にする。例えば,A国の行見出しの「農業」を横方向に見ていくと,この産業の生産額300億円のうち,国内の農業に50億円,製造業に85億円が販売されB国の農業と製造業にそれぞれ5億円と10億円が販売されることがわかる。さらに,農業の生産物はA国内の消費などの最終需要として135億円,B国の最終需要部門に15億円がそれぞれ需要されることが読み取れる。一方,A国の列見出しの「農業」を縦方向に見ていくと,この産業の生産物300億円を生産するために,A国の農業と製造業からそれぞれ50億円と35億円を,B国の農業と製造業からそれぞれ45億円と10億円を原材料や部品として購入していることが読み取れる。さらに,「付加価値」の項目を見ると,労働や生産設備などの生産要素が160億円投入されていることがわかる。すなわち,国際産業連関表からは,1に示される通常の産業連関表における一国内の産業間の取引のみならず,各国間の貿易を通じた産業同士の取引関係を把握することが可能となる。

2.2.2 国際産業連関表の役割

国際産業連関表には,通常の産業連関表と同様,統計表としての役割と,分析ツールとしての役割がある。統計表としては,国際産業連関表の作成は,各国間の部門概念の違いや貿易をはじめとする各種統計の不整合の有無やその程度を明らかにするという役割を持つ。また,作成された国際産業連関表は異なる国々の産業連関表を同一の基準で分類し,貿易統計を使用して連結しているため,対象国間の貿易額や生産額を統一的な基準で比較することが可能となり,国際比較統計としての役割を果たすことになる。さらに,国際産業連関表が提供する独自の情報として,どの国のどの産業とどれだけの取引を行っているかを示す国際間の「中間取引額」がある。この情報は,国をまたいだ産業間の結びつきを明らかにすると同時に,同一の最終製品を作る工程が複数に分割され,各工程の生産活動が異なる国や地域において行われる「フラグメンテーション」と呼ばれる分業形態など,近年新たに観察されるようになった国際分業の状況を把握することを可能にする情報として,最近特にその重要性が注目されつつある。

また,通常の産業連関表と同様,国際産業連関表は分析ツールとして経済波及効果の計測にも用いられる。通常の産業連関表と異なり,国際産業連関表を用いれば,国内の各産業に対する経済波及効果のみならず,他の国の産業への経済波及効果をも計測することが可能となる。

3. 国際産業連関表の作成状況

3.1 日本における作成状況

国際産業連関表の概念が最初に提案・作成されたのは米国においてであるが,その後,国際産業連関表を継続的に作成・公表を行ってきた国は,ほぼ日本のみであり,日本は国際産業連関表の作成において,中心的な役割を果たしてきた。日本において主に作成を担ってきたのはアジア経済研究所と通商産業省(現経済産業省)である。

アジア経済研究所は,1970年代からアジア諸国の産業連関表の作成に携わるとともに,現地の政府機関や研究機関と共同でアジア諸国と日本の産業連関表を連結した国際産業連関表を作成・公表してきた。1976年に韓国と日本を連結した「1970年日本・韓国国際産業連関表」を公表したのを皮切りに,以後,東南アジアや東アジアの国々を対象として,これらの国々と日本の産業連関表を連結した二国間および多国間の国際産業連関表を作成してきた。2013年6月現在,30を超える国際産業連関表を作成している。

一方,通商産業省(現経済産業省)では,1985年以降,日本と欧米諸国を連結した二国間国際産業連関表および日本・米国・アジア・EUを連結した多国間の産業連関表(世界表)を作成・公表してきた。近年は,日本と米国を連結した二国間の国際産業連関表の作成を続けているほか,2012年には2007年を対象とした日本中国国際産業連関表を公表している。通商産業省(現経済産業省)からは,これまでに10の国際産業連関表が公表されている。

3.2 近年の状況

国際産業連関表の作成は,これまではほぼ日本でのみ継続的に行われ,海外ではあまり注目を集めてきたとは言い難い。しかし,近年では,EUをはじめとする地域経済統合や,フラグメンテーションに代表される先進国と新興国との間における国際分業(工程間分業)などが観察されるようになり,これらの現象を分析するための基礎データあるいは分析ツールとして,国際間の産業間取引を記述した国際産業連関表の有用性が注目されるようになった。その結果,海外でも国際産業連関表を作成する動きが活発になっている。中でも,オランダのグローニンゲン大学をはじめとするEUにおける11の機関が参加・実施しているWorld Input-Output Database(WIOD)Projectは,EUに含まれる27か国を中心とする40か国・地域を連結した国際産業連関表を作成するという大規模なプロジェクトである。現在,WIODでは,1995年から2009年までの国際産業連関表や関連する統計表を作成・公表している。

なお,本節で紹介した国際産業連関表は,各作成機関より,有償・無償で提供されている。詳しくは,3に示した各機関のWebサイトを参照されたい。

表3 国際産業連関表の作成状況

4. おわりに

本稿では,国際産業連関表という統計表について,その概要と作成状況について紹介してきた。国際産業連関表は,経済統合や国際分業などの現象を分析するためのデータやツールとして,近年その有用性がにわかに注目されるようになり,研究者や国際機関などさまざまなユーザーに利用されるようになった。

しかし,分析が可能となるためには,国際産業連関表そのものが存在しなくてはならないが,国際産業連関表の作成はアジア経済研究所や経済産業省のような研究機関や政府機関が,その都度プロジェクトとして実施しているものであり,通常の公的統計のように法律に基づいてその継続的な作成が保証されているものではない。さらに,その作成には膨大な時間と労力が必要であり,多くの関係者が長期間にわたって忍耐強く地道な作業に従事することが求められる。多くの関係者の努力があって初めて,国際産業連関表を利用した分析が可能となることを認識する必要があるだろう。

参考資料

  1. a)   武野秀樹, 山下正毅編. 国民経済計算の展開. 同文館, 1993, 272p.
  2. b)   玉村千治, 桑森啓, 佐野敬夫. アジアの国際産業連関表作成:その背景と経緯(特集 アジアの産業連関表). 産業連関. 2012, vol. 20, no. 1, p. 15-22.

 
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