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図書紹介
図書紹介:『デジタル人文学のすすめ』
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2013 年 56 巻 6 号 p. 396

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  • 『デジタル人文学のすすめ』
  • 楊暁捷,小松和彦,荒木浩●編
  • 楊暁捷,大場利康,村田良二,海野圭介,千本英史,小松和彦,荒木浩,藤原重雄,田良島哲,山田奨治,赤間亮,大向一輝,森洋久,小峯和明,石川透,大谷節子●著
  • 勉誠出版,2013年,A5判,304p.,2,625円(税込)
  • ISBN 978-4-585-20023-9

本書は,16編の報告・論考と2編の研究ノートから成る。ここでとりあげる人文学資料は,中世の絵巻,お伽草子,近世の浮世絵などを中心とする画像資料である。中世・近世の研究者,デジタル技術の開発者,図書館・出版関連分野の研究者など16名が分担執筆している。大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国際日本文化研究センター(日文研)が公募した共同研究「デジタル環境が創成する古典画像資料研究の新時代」(2011-2012年度)の成果報告書であり,執筆者はいずれもその共同研究者である。

冒頭の「デジタル人文学の現在」は,研究代表である楊暁捷(ヤン・ショオジェ)氏による解題をかねた総論であり,デジタル環境の出現から学問としてのデジタル人文学,本書の成立と全体構成,位置づけを紹介している。本編は三部構成となっている。

第1部「デジタル環境の出現と普及」では画像研究とデジタル環境の現状を紹介する。まず公共機関の取り組みとして,国立国会図書館のデジタル事業,国立文化財機構の「e国宝」,国立国文学研究資料館の電子資料館事業をとりあげる。また,奈良女子大学の「奈良地域関連資料画像データベース」で地域に密接した画像公開の取り組みを紹介し,日文研の「怪異・妖怪伝承データベース」「怪異・妖怪画像データベース」の作成を通じて魅力的なデータベースとは何かを論じる。第1部の終わりには,「日本古典画像資料を含む主なデジタルリソース」として32のリソースのURLと解説がある。

第2部「人文学諸分野との融合」では,デジタル技術が伝統的な人文学諸分野に与えた影響について報告する。デジタル技術への忌憚(きたん)のない批判や期待を述べているのは特記すべき特徴だろう。たとえば「傑作はどこへ消えた? デジタル複製による文化財の置換問題を考える」では,国宝・重要文化財級の障壁画や屏風絵がデジタル複製品に置き換えられて現物は博物館や寺院の収蔵庫に保存されるという近年の動きについて,その長所と問題点を論じている。「デジタル画像における史料改竄(かいざん)の問題」でも,古地図において被差別地域の地名が抹消されている現実をとりあげている。

第3部「明日のデジタル人文学へ」の前半では,「デジタル・ヒューマニティーズと教育 人材育成の必要性とデジタルアーカイブのサスティナビリティー」「Linked Open Dataと学術・文化情報の流通」「持続可能なデジタル・アーカイブの可能性」をとりあげる。後半では,『日本常民生活絵引』,奈良絵本・絵巻,能・狂言面データベースをとりあげ,デジタル環境・デジタル技術の寄与の可能性を具体的に示している。

全体を通じて感じるのは,デジタル技術が可能にした豊かな世界の入り口に立っているという感覚だ。デジタル人文学の現在の立ち位置を確認する役割を十分に果たしている。最後に,第1部冒頭の「図書館が資料をデジタル化するということ」に書かれた呼びかけを紹介したい。「古典籍をめぐる世界は,デジタル化で変わるし,変えていける。まずは,デジタル化された古典籍資料を使うところから,始めてみてはもらえないだろうか。そこから,次の世界が広がっていくのだから」。共感を覚えた。

(本誌編集事務局)

 
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