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図書紹介
『科学者の発表倫理:不正のない論文発表を考える』
岡田 英孝
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2013 年 56 巻 7 号 p. 484

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  • 科学者の発表倫理 不正のない論文発表を考える
  • 山崎茂明●著
  • 丸善出版,2013年,A5判,160p.,2,730円(税込)
  • ISBN 978-4-621-08654-4

本書は,(財)国際医学情報センターが発行する医学情報誌「あいみっく」に連載中の「論文発表の論理」を中心にまとめられている。「あいみっく」の連載を3か月ごとに待ちわびている評者にとって,本書でまとめて読むことのできる読者は幸いなるかなである。もっとも本書の構成は連載順ではない。そこで連載順に読んでみて山崎氏の思考の過程を追ってみるのも興味深いであろう。

本書は,5部15章で構成されているが,実に多彩なテーマを取り上げている。評者は以前より訂正記事や撤回論文から透けて見える研究者の生態に関心があったが,ゴースト・オーサーシップや,コレスポンディング・オーサー,国際的な共著や出版バイアス等には恥ずかしながら目を向けていなかった。例えば「New England Journal of Medicine」における単著が1886年には98.5%だったのが1976年には4%となったこと,論文不採択率の高い一流誌でもゴースト・オーサーの存在する論文が一定の割合で掲載されていること,コレスポンディング・オーサーが本来の役割を果たしていない実情,ネガティブな結果が掲載されにくい出版バイアスについては特に腹に響く指摘であった。今後はこうしたことにも注意を払っていきたい。各章は10ページ程度にまとめられているが,読めば読むほどに集められたデータ量の多さと,それらの膨大なデータを取捨選択し短いページ数に凝縮させた山崎氏の手腕に圧倒される。本書はその手腕故さらりと読めてしまうが,だからこそ何度も読み返して欲しい。研究者の倫理について計量的に論考する研究者はいる。自身の経験に基づき論考する研究者もいる。しかし,計量的データに基づきながらも計質的な観点まで踏み込んで洞察できる研究者となると山崎氏をおいて浮かばない。山崎氏の論考を読んだ後で他の研究者の論文を読んでも薄っぺらく感じてしまう。

それにしても,山崎氏が「科学者の不正行為」を出版したのが2002年。「あいみっく」の連載開始が2008年8月であるが,最近のバルサルタンの問題等,いまだ科学者の不正行為は後を絶たない。このような状況において,何が問題でどのような論争があり,それらをどう理解すべきなのかを知るうえで本書は図書館員や情報専門家にとって必携の書であると言える。例えばバルサルタンの問題は,本書のゴースト・オーサーシップの章を読むとよく理解できる。そしてこの事件は決して稀(まれ)な事件ではなく,普段提供している中にもかなりの割合で同種の論文が含まれる可能性があることに気づかされるであろう。さらに願わくば,本書は情報の専門家だけでなく研究者にも読んで欲しい。例えば,大学院等で「研究者の倫理」が必修科目で開講され,本書がその教科書として使われたらなどと考えてしまう。付け加えると,撤回論文を論文の取り下げと誤解している新聞記事も未だある。このような周囲の無理解が科学者の不正行為を助長する要因の1つとも言えるので,報道関係者にもぜひとも本書を手に取って読んで欲しい。なお「あいみっく」の連載は現在も続いているので,続刊を心待ちにするものである。

(東京医科大学図書館本館 岡田英孝)

 
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