情報管理
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知のインフラ整備とデジタル著作権の挑戦
福井 健策
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2014 年 56 巻 10 号 p. 661-668

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著者抄録

日本が今,貴重な予算をかけても早急に整備すべきインフラは「知のインフラ」である。欧米がその整備にしのぎを削る文化資料の巨大デジタルアーカイブについては,わが国でも価値ある活動は少なくないが,その多くは「ヒト・カネ・著作権」というべき課題にあえいでいる。特に大量の文化資料をデジタル公開しようとすれば権利処理の手間は膨大となり,わけても,探しても権利者が見つからない「孤児作品」の問題は深刻で,欧米でも対策が進む。わが国でも権利処理を推進するために,(1)権利情報データベースの整備,(2)パブリックライセンスの普及,(3)孤児作品対策を含むアーカイブ法制の立案,などの対策を早急に進めるべきである。

1. 知のデジタルアーカイブの潮流

2020年,東京オリンピックの開催が決まった。招致以前にはさまざまな議論があったが,決まった以上,人々の記憶に残る良いオリンピックにしたいと思う。ただ,オリンピックの開催決定とともに気になる報道も増えている。ある意味象徴的に思えるそれは,「五輪に向けた大規模開発事業の前倒し実施」を報じるニュースだ。いわく外郭環状道路(外環道)世田谷-練馬間,総事業費1兆2,800億円の早期着工。いわくリニア中央新幹線の早期開通。

いやまて。半径8キロのコンパクト五輪だろう。歩道・自転車道の整備や次世代型路面電車システムLRTの整備だというならまだわかるが,オリンピック開催が決まるや道路工事の話がはじまる日本。それは,どう考えても前世紀半ばあたりの残像である。

無論必要な道路もあろうが,今,日本の未来のために貴重な予算をかけても整備しなければならないインフラ,それは情報インフラ・知のインフラである。そして,現在の政府はその点について,少なくとも見える形での発信がまだまだ少ない。

代表例をあげるならば,本稿の主題である各種文化・研究領域でのデジタルアーカイブの整備と著作権問題の解決に,政府は1,000億円規模の予算を早急に準備し着手すべきだろう。1,000億円は,この国の財政赤字の深刻さとそのツケが子孫に残ることを思えば軽々と口にできる金額ではない。それでも,外環道にすれば1.3キロ分の建設費にも満たない(練馬-世田谷間)。デジタルアーカイブの恩恵は広く文化・教育・研究・福祉・防災・まちづくり・経済活動,あらゆる分野に及び,また(国土交通省の試算によれば年間約4兆円を要するという老朽化道路等の維持管理に比べれば)比較的少額なメンテナンス費で未来の世代に及ぶ。何より日本からの情報発信に直結する。コンクリート分を一部削ってでも,日本はこの予算をこそ用意すべきである。

世界では今,デジタルアーカイブの構築が熱い。代表例としてしばしば登場するのが,EUのメディア横断の巨大電子図書館「europeana」だ(1)。ヨーロッパ中の書籍・動画・画像・音楽などあらゆるジャンルの文化資料がすでに3,000万点デジタル化され,インターネット公開されている。といっても実態は,EU各地の2,200もの既存のデジタルアーカイブをつないで横断検索・統一表示を可能にしたポータルサイトだ。使い勝手は,まだ改善の余地もあるが相当によい。フランスはサルコジ政権時代,こうしたeuropeanaを支える文化資料のデジタル化にまさに1,000億円の予算を投じると発表している注1)

図1 EUの巨大電子図書館「europeana」では3,000万点もの文化資料がデジタル化済み

なぜ,これをフランスが,EUが,行うのか。ご存じの方も多かろうが,Google対抗軸である。世界の検索エンジンシェアの大半を握るインターネットの巨人は,既存のコンテンツ/データのデジタル化にもとびきり熱心だ。「Googleブックス」というプロジェクトがある(2)。古今東西,世界には1億3,000万冊の書籍があるそうだが,それをすべてスキャンしてデジタル化し,OCRをかけてインターネットで全文検索を可能にする。書籍の著作権が切れていれば全文が表示され,切れていなければ該当箇所の抜粋などが表示される仕組みである。いわば全世界電子図書館化である。こちらもすでに3,000万冊がデジタル化済みだという。

図2 3,000万冊の書籍をデジタル化済みとされる「Google ブックス」プロジェクト

EUはこれに危機感を持った。「域外の,1民間企業に文化のデジタルアーカイブを握られていいのか」との声が挙がった注2)。民間企業であれば利益優先,倒産もあり得るといった指摘もあったが,それ以上に文化の序列化への危機感は強かった。ご存じのとおり,Googleは一定のアルゴリズムに沿って検索結果を表示する。そのアルゴリズムは門外不出のブラックボックスだ。検索結果のうち,注目されるのは1ページ目のしかも上位だけだという調査結果は多い注3)。デジタル化は英語文献優先で進むであろうから,いきおい検索結果上位も英語文献で占められる可能性が高い,というのだ。

現実にどうかはわからない。が,こうした危機感はデジタルアーカイブに限らずEUでは広く共有されており,europeanaの凄まじい整備ぶりの原動力になったことは間違いない。

そして日本では国立国会図書館(NDL)が,根底にはEUと共通の問題意識もはらみつつ,長尾真前館長の時代に大規模な蔵書のデジタル化に乗り出した。特にデジタル化が加速したのは2009年で,後に「100年分」といわれた,デジタル化予算127億円が補正予算でついた年だ。これを原資にNDLは蔵書・論文約220万点以上をすでにデジタル化し,そのうち50万点強がインターネットで無償公開されている。

EUに比べれば桁が違うが,これは先進国のナショナルライブラリーとしては堂々たる数字だ。ただ,残念ながら予算はここで種切れとなり,今後,デジタルアーカイブ整備では欧米との格差がいっそう開く可能性も高い。こうしたデジタルアーカイブ化は何も図書だけではない。国立公文書館などの収録する過去の公文書約180万件をデジタル公開するアジア歴史資料センター,東日本大震災に関する文書・映像・音楽・写真・データセットなど246万点以上の横断検索を可能にしたNDL・総務省による「東日本大震災アーカイブ」(ひなぎく)など,価値ある活動は多い。そうした中,2013年に一気に注目が集まったのがオープンコースといわれる大学講座のインターネット無償公開の動きだ。大学での講義レジュメなどは,かつては学生だけに配られるものであって,無断コピーも公式には許されていなかった。ところが,現在ではむしろ講義内容を広く公開することで学生の関心を集めることが重視される。MOOC(Massive Open Online Courses)と呼ばれる,講義映像自体を大規模オンライン公開するケースも急速に増えている。一度アップされた映像はしばしばそのままアーカイブ化され,誰でもいつでも視聴することが可能になる。その意味で,MOOCは間違いなく,大学という知のオアシスをデジタルアーカイブ化する試み,と言うことができるだろう。

震源地は,例によって米国だ。「edX」という,ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)とが立ち上げたサービスには,現在米国内外の29大学が参加し,京都大学の参加が大きな話題になった。例の「白熱教室」で有名なハーバード大学のサンデル教授の講義も目玉として提供されている。スタンフォード大学の元教授が2012年に立ち上げたCourseraは,現在107大学が参加し,講義数も540提供している。ちょっとした総合大学に近づいてきた。2013年11月時点では世界中からの受講者は542万人に達し,東京大学が2013年9月から参加している。デジタルアーカイブは教育・研究のあり方も大きく変えつつあるのだ。

2. 「ヒト・カネ・著作権」の壁

しかし,全般にこうしたデジタルアーカイブの現場では苦闘が続いている。それは一言でいえば,「ヒト・カネ・著作権」の壁である。慢性的かつ絶望的な人手不足と,もっと絶望的な予算不足は,説明するまでもないだろう。最後の「著作権の壁」とは何か。言うまでもない。各種の文化資料はほとんどが著作物で,原則として権利者の許諾がなければ公開はおろかデジタル化すらできない。そして,この権利者の許諾を得ること(権利処理)が最大の難関なのだ。解決をはからなければ,日本でデジタルアーカイブが花開くことはないと言っても過言ではない。

権利処理の苦労の一例を挙げよう。NHKでは過去のTV・ラジオ番組を現在約78万番組ほど保存している(ニュースを除く)。これを川口にあるNHKアーカイブスという来館型の施設で公開すべく,開館から10年間,専従チームで権利処理を進めている。映像は特に,かかわる著作権の権利者も多く,加えて個人の出演者には肖像権などもある。さて,10年間,専従チームが朝から晩まで処理を進めて,何番組を公開にこぎつけたか。78万のうち8,500番組である。10年で約1%強。真面目に取り組んでこの数字である。

また,東京国立近代美術館フィルムセンターという施設があり,戦前戦後の日本の映画フィルムを収集している。日本の戦前のフィルムは特に,戦火もあって極端に保存率が悪い。残存率は10%未満で,諸外国と比較してもかなり低いという。しかも保存状態はしばしば劣悪で,ビネガーシンドロームなどの腐食が進む。放っておけば,いずれこれらの名作・傑作・珍作たちが永久に歴史の闇の中に消える。そうなる前にデジタル化して,せめて作品だけでも救いたいと思うが,権利者の了承がなければデジタル化できないのだ。

なぜ,そんなに権利処理は大変なのか。払う使用料が問題なのではない。「権利者を探し出し,説明して了承を得る作業」のコストが高いのだ。アーカイブに数万点・数十万点を所蔵しようとすれば,大半の作品はすでに市場で流通していない。権利者はそう簡単には見つからず,まして古い作品の場合,著作権は著作者の死後には相続人全員の共有になる。すると理論上は相続人全員の許諾を得ないと作品はデジタル化できない。一人でも反対すれば使えないのだ。限られたコンテンツの商業展開ならそれもやろうが,非営利のデジタルアーカイブで,数十万はおろか数千点対象でもそんな権利処理はコスト的にもとても無理だ。

3. 「孤児著作物」という難問

中でも特に深刻なのが,孤児著作物という問題である。これは,探しても権利者の見つからない作品を言う。ちょっとぎょっとする名前だが,世界的に「オーファン(孤児)ワークス」と呼ばれているので,ここでもその名前を使わせていただく。

孤児著作物は,世界でもデジタル化の最大の課題として,欧米各国が対策にしのぎを削っている状況だ。なぜかといえば,権利者不明の作品がべらぼうに多いのだ。たとえば,先に紹介した国立国会図書館デジタル化資料のうち,明治期図書のデータがある。書籍をデジタル化しインターネット公開しようと思えば,主に2つの道がある。前述のとおり著作権者の許諾を得るか,あるいはもう著作者の死後50年が経つなどして著作権が切れている注4)(パブリックドメイン:PD)作品に絞るか,どちらかだ。

明治期図書だから著作のときから100年以上が経過しているため,その大半はPDとなっているだろうと思うわけだが,いざ調べてみると,全著者72,730名のうち実に71%強が連絡先はおろか没年も不明だった。つまり,孤児著作物だった。

連絡先が不明だから許諾を得ようがないだけではない。没年も不明だから,著作権が切れているかどうかもわからない。ここで,「文化庁長官の裁定制度」注5)というものがあって,国立国会図書館はこの制度を活用することでどうにか国内作品については公開にこぎつけた。しかし,権利者を探す努力を尽くしたとの証明が困難で裁定を利用しづらい,外国作家等13,000名分以上の貴重な書籍は公開を断念するという,ほろ苦い結果に終わった。

「それは明治期だから見つからないのは当然で,新しい作品はもっとわかるだろう」と思う方もいるだろう。ところがそうでもない。「不明出演者の問題」という例がある。TVドラマやバラエティ番組の出演者がいる。彼らには「著作隣接権」という権利があって,TV番組をインターネット配信しようなどという場合には,多くのケースでこの出演者の許諾を改めて得る,という運用になっている。ところが,出演者と連絡がとれない。

TV番組なんてせいぜい昭和後期から登場した最近のものだし,まして業界団体もしっかりあるのだが,意外なほど出演者が見つからない。aRma(映像コンテンツ権利処理機構)という団体があって「放送番組を二次利用するための不明権利者探し」というページがある注6)。ご覧いただくとずらっと,TV局が二次利用のために探している出演者が並ぶ。NHK大河ドラマを例にとると,1996年,最高視聴率37.5%を記録した竹中直人さん主演の「秀吉」という人気ドラマがあったが,すでに57名の行方がわからない。学校のひとクラス分より多いのだ。

実は,多くのTV番組では,こうした公開での出演者探し自体がされていない。公開で呼びかけても名乗り出てくる方はごく少なく,判明率は約0.3%という。そこで,どうするかと言えば「エイヤ」とリスクを冒してそのTV番組を使ってしまうか,危ないと思えばお蔵入りさせるかだ。いずれにしても到底理想的な状態とは言えない。

この孤児著作物問題,何も日本固有の問題ではない。国内外の各種調査ではおおよそ過去の作品全体の50%前後からそれ以上,探しても権利者が見つからないことがわかっている。たとえば大英図書館の所蔵する,著作権が続いている可能性のある全書籍のうちで,43%が権利者不明という推計値がある。ごく最近の作品を含めてこの数値だ。しかもオーファン率が最も高いのは古い時代ではなく,1980年代の約50%という注7)。さらに,米国学術図書館の所蔵資料の約50%が権利者不明という推計もある注8)。権利関係がしっかりしていそうな英米でこの数字である。

孤児著作物だと,許諾を得ようがないから,作品は死蔵されるほかない。アーカイブ活動は停滞し,民間での利活用も進まないだろう。しかし,見つかりさえすれば通常ほとんどの著作者も遺族もアーカイブ化に異存はないのだ。連絡できないから作品は死蔵され,忘却されるほかない。孤児著作物問題は大きな課題だ(なお,以上は孤児「著作物」の問題だが,実務上はさらに,所有権と肖像権の「孤児問題」があり,その解決も喫緊の課題だ)。

こうした孤児著作物への対策として,EUは2012年秋,意欲的な「孤児著作物指令(ディレクティブ)」を採決した注9)。既定の探す努力をして,それで見つからない作品は全EUで「オーファン」と認定し,以後は一定の文化施設やアーカイブで非営利のデジタル利用は自由にできる,というものだ。無論,権利者が名乗り出て求めた場合,作品の公開は停止される。が,実際にはそうした要求はほとんどない。

このディレクティブの目的は言うまでもなく,デジタルアーカイブの振興である。EUディレクティブは2014年10月までに各国で法制化を進めることを命じており,その暁には「europeana」のデジタル化資料の公開が一気に加速されることは確実である。

他方の米国。こちらでも孤児著作物法案は2008年以後検討が続いているのだが,それ以上に注目すべき動きが去る3月20日にあった。米国著作権局のマリア・パランテ局長が,おそらく米国議会史上はじめて,著作権の保護期間の部分短縮を提案したのだ注10)。著作権は,著作者の死後50年が経過すると消滅し,以後作品は人類の共有財産「パブリックドメイン」となる。欧米は1990年代にこの期間を一律20年ほど延ばしていたのだが,そこで何が起きたか。当然だが存続期間を超長期化した結果,権利処理の負担が増え,孤児著作物が激増してしまった。存続期間を延ばしたのはインターネット時代が本格到来する前だったが,その後作品の大量デジタル化・デジタルアーカイブ化が至るところで課題となり,孤児著作物を代表とする権利処理問題が欧米には重くのしかかっている。そこで,いっそ短縮しては,と提案したのだ。具体的には一定の登録をした作品は権利者がわかるので死後70年などのままでよいが,大部分を占めるであろう未登録作品は死後50年で存続期間が消滅することを検討しては,との提言だ。

これ自体,これまでプロパテント1本できた米国でたやすく通るかと言えば疑問だろう。しかし,米国議会でもかつて絶大なロビー力を誇ったハリウッドメジャーに代わり,GoogleなどのIT勢が影響力を急速に伸ばしているところだ。そしてIT勢はいうまでもなく著作権の強化・長期化には総じて懐疑的なので,実は米国内でも今後激震が起こる可能性はある。

4. デジタル立国のため日本にできること

このように欧米各国がデジタルアーカイブ促進にしのぎを削る現在,われわれは何をすべきか。アーカイブ振興全般では,「情報管理」2013年11月号で,第一人者たる吉見俊哉東京大学教授が明解な進路を示している1)ので,ここでは著作権分野に絞って課題を挙げてみよう。

第1には,「権利情報データベースの整備」である。音楽の分野におけるJASRAC(日本音楽著作権協会)のように,そこにアクセスすれば過去の膨大な作品の権利者と連絡をとる手段がわかり,あるいはその窓口で権利処理までできる。こうしたデータベースの整備がさらに進むことが必要だ。その推進力は無論,各ジャンルの業界団体など民間の力だが,到底短期で採算がとれる事業ではないので,公的なサポートが必要になる。

第2には,「いわゆるパブリックライセンスの普及」だ。著作者が作品の表示に,「この条件に従えば自由に転載・利用して良い」といったマークを付するのである。代表格で世界的に普及するクリエイティブ・コモンズ注11)は,「(著者名の)表示」「非営利」「改変禁止」など4つのマークの組み合わせによって,誰でも簡単にこの意思表示ができる仕組みであり,現在世界30以上の政府が公式採用している。こうしたマークを付けて発表される学術・非営利作品(場合によっては商業作品も)が増えれば,デジタル化は当然容易になる。しかも,いったんマークを付けて作品が発表されれば,その作品は将来も「孤児化」しない。利用条件はもう明記されているからだ。

第3には,さらなる孤児著作物対策を含む,「アーカイブ法制の整備」である。日本には前述の「文化庁長官の裁定制度」という孤児著作物の利用制度があるのだが,残念ながら制度が厳格に運用され過ぎており,利用率も認知度もごく低い注12)。この点を大幅に改め,「権利者不明作品はアーカイブ目的なら原則として使うことができる。ただし,万一権利者が現れて異議を述べたら公開を停止する」という制度を拡充するのである。これを「オプトアウト」といい,大量デジタル化においては鍵になる概念だ。

なお,現在TPPの関連で,米国が他国にも保護期間を死後70年などに延ばすよう要求し他の参加国との激論を招いている。しかし,無用に保護期間を延ばさないことこそ最大の孤児著作物対策であり,アーカイブ促進策であることを付言しておきたい。

さて,冒頭で触れたオリンピックは,しばしばスポーツの優劣,それもメダルの数だけを競うイベントであるかのような空気と言説が根強い。無論競技である以上,勝利を目指して死力を尽くし,これに声援を送るのは素晴らしいことだ。だが果たして読者は,イギリスがロンドン五輪で国別メダル獲得数が何位だったか,覚えているだろうか? 正解は3位だが,おそらく,イギリス国民以外はほとんど覚えていないのではないか。まして,3位と聞いてイギリスを尊敬したり,好感度がムラムラと高まるだろうか。

筆者はノーである。イギリスを尊敬はしているが,別にメダル数で10位だったとしてもその敬意は減じない。筆者がある国を尊敬し,一目置くとすれば,たとえば彼らが素晴らしい伝統や先進的な文化,革新的な技術,魅力ある町並みや食文化を持ち,国民はスポーツや自然を愛し,個人の自由や夢が尊重され,他の国を気遣い,世界に良い貢献をしていると感じたときである。そして日本にはどこにも負けないそうしたポテンシャルがあると思うし,(尊敬されようがされまいが)そんな国であって欲しい,と願っている。

実は,オリンピックは16日間のスポーツにとどまらない,一大文化イベントでもある。この点を遺憾なく発揮したのはロンドン五輪で,開催4年前からイギリス政府はさまざまな文化発信事業を行った。会期をはさむ12週間は「London 2012 Festival」として,国内外25,000人のアーティストが参加し,イギリス全土で実に12,000もの文化イベントが開催された,という注13)。これにあわせて町並みは魅力あるものに改められ,自転車を活用するような環境共生型のまちづくりが進められた。結果として,都市としてのロンドンの好感度は上がり,観光客人気ランキングでもパリ,ニューヨークと上位三つどもえの争いを展開するほどだ。

オリンピックがあるからと言って,人々は急に東京に来ると決めるわけではない。日本や東京に関心を持った外国の方がいれば,まずはインターネットをたたいてみるだろう。その時に何がヒットするかが鍵だ。日本にはこれほど幅広い多様な文化スポット(寺社からコミケまで),町並み,お祭り,ファッション,文芸・音楽・舞台・映画など芸術文化,世界一と言われる食文化など多種多様な広がりがあり,東京はそのショーケースともいえる場所だ。だが,今,インターネットをたたいても外部者が容易にたどりつけるのはその一部の情報に過ぎず,しかも致命的なことにほとんどは英語字幕すら付いていない。

もしもそうした多様なコンテンツと情報が,容易に検索でき,各国語の字幕や翻訳付きで一覧性高く画面からあふれ出してきたらどうか。おそらく関心は高まり,東京に,日本に来たいとも思うだろう。情報発信は,最大の観光対策でもある。

そして,おそらく社会インフラとしてはむしろ控えめな予算で,世界最先端のデジタルアーカイブは構築可能である。懐かしい家族や町の記憶を,埋もれた名作や貴重な行政資料を後世に伝えシェアするだけではない。デジタルアーカイブには,こうした世界的な情報発信のバックヤードとしても,大きな意味があるように思う。

本文の注
注1)  "France accepts Google role in book scanning". http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5gZPe-DbjkDNnuBOdOLWMQIt5vHSw

注2)  ジャン‐ノエル・ジャンヌネー著・佐々木勉訳『Googleとの闘い』(2007年・岩波書店)に議論の状況は詳しい。

注3)  "2nd page rankings: youre the #1 loser". http://www.gravitateonline.com/google-search/2nd-place-1st-place-loser-seriously, "53% of Organic Search Clicks Go to First Link [Study]". http://searchenginewatch.com/article/2215868/53-of-Organic-Search-Clicks-Go-to-First-Link-Study

注4)  著作権法第51条2項。

注5)  著作権法第67条第1項「公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され,若しくは提示されている事実が明らかである著作物は,著作権者の不明その他の理由により相当な努力を払つてもその著作権者と連絡することができない場合として政令で定める場合は,文化庁長官の裁定を受け,かつ,通常の使用料の額に相当するものとして文化庁長官が定める額の補償金を著作権者のために供託して,その裁定に係る利用方法により利用することができる。」

注6)  映像コンテンツ権利処理機構. “不明権利者一覧”. http://www.arma.or.jp/missing-person

注7)  Stratton, Barbara. "Seeking New Landscapes". British Library, 2011. http://pressandpolicy.bl.uk/imagelibrary/downloadMedia.ashx?MediaDetailsID=1197. p. 5

注8)  国立国会図書館. カレントアウェアネス. “学術図書館の所蔵資料でのパブリックドメイン資料や孤児作品の割合を調査した文献(米国)”. http://current.ndl.go.jp/node/17853

注9)  Orphan Works Directive (2012年10月25日)

注10)  Maria, A. Pallante. "The Register's Call for Updates to U.S. Copyright Law". UNITED STATES COPYRIGHT OFFICE, 2013, 3p. http://judiciary.house.gov/hearings/113th/03202013/Pallante%20032013.pdf

注11)  クリエイティブ・コモンズ・ライセンスとは. http://creativecommons.jp/licenses/

注12)  鈴木里佳. “著作権者等不明の場合の裁定制度 ~孤児作品は侵害しながら使う? 使わない? それとも...。”. http://www.kottolaw.com/column/ほか。

注13)  吉本光宏. “文化の祭典、ロンドンオリンピック”. NLI Research Institute REPORT, October 2012. http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/hyougikai/1kai2020bukai/2020-1siryou2.pdf

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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