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iPS細胞技術の普及における知的財産権の役割と挑戦
高尾 幸成
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2013 年 56 巻 12 号 p. 813-821

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著者抄録

iPS細胞は,4つの遺伝子を体細胞に導入することで製造される多能性の細胞である。この細胞を利用した医療という産業応用が見込まれることから,大学の研究成果であるにもかかわらず知的財産に対して特別な取り組みが行われている。本稿では,iPS細胞とは何かを解説し,iPS細胞研究所の知財管理室が抱えるiPS細胞ならではの特許審査にかかる問題や,それに対する取り組みを紹介する。また,知的財産を利用したiPS細胞技術の普及のあり方について考察する。

1. はじめに

2012年に山中伸弥教授がノーベル医学生理学賞を受賞し,iPS細胞技術についてはより広く認識されることとなった。これにともない,ますますiPS細胞技術は実用化の期待が高まり,産業化が必須となっている。産業化にあたり,知的財産,特に特許の問題が生じることから,京都大学iPS細胞研究所(Center for iPS Cell Research and Application)(以下,CiRAという)では知財管理を行う専門部署を設け,この問題に取り組んでいる。本稿は,iPS細胞にかかる知的財産管理とその意義について,2013年10月10日の第10回情報プロフェッショナルシンポジウムで発表した講演内容をまとめたものである。

2. iPS細胞技術

2006年8月,京都大学の山中伸弥教授によりマウスの線維芽細胞から多能性を有する細胞であるiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功した旨の報告がなされ,翌年2007年12月にヒトの線維芽細胞からも同様の方法でヒトiPS細胞が作製できることが報告された。これまで,体細胞から多能性を有する細胞を作製する技術として,卵母細胞への核移植や多能性を有する細胞との細胞融合などいくつかの方法が報告されてきたが,いずれも高度な技術を要し,加えてヒトに適用するには倫理的な問題があるため実用化は難しいと考えられていた。iPS細胞の登場により,これらの問題が解決され,再生医療など多能性細胞を利用した産業への応用が期待されるようになった。

iPS細胞の製造方法のうち山中教授が最初に報告した方法は,1に示したとおり,個体から採取した皮膚を培養して得られた細胞にOct3/4,Sox2,Klf4およびc-Mycの4つの遺伝子を導入し,培養するという非常にシンプルな方法である。このようにして得られたiPS細胞は,2の写真のような形状で視覚的に確認することができる。写真の中央に確認できる円形状の物体は,1つの細胞ではなく,数千の細胞が集まってコロニーと呼ばれる細胞の集合体を成し得たものであり,この細胞が集合することが多能性を獲得した細胞に特徴的な性質を示している。なお,コロニーの周辺に見られる紡錘形の細胞は,フィーダー細胞と呼ばれ,iPS細胞の培養に必要な栄養素を分泌している細胞である。このフィーダー細胞は,マウスの細胞であるため,多くの研究者がこのフィーダー細胞を用いない培養方法を開発しており,このような周辺技術の開発が盛んに行われている。しかし,いくつかの周辺技術は,胚性幹細胞(ES細胞)で培われていた技術を転用することによって行われていることから,特許の権利関係を慎重に考える必要が生じている。

図1 iPS細胞の製造方法
図2 iPS細胞の顕微鏡像

iPS細胞には2つの特徴があり,この性質を利用して産業応用できると考えられている。1つ目は,iPS細胞のまま増殖できる性質であり,2つ目は,iPS細胞から体を構成するあらゆる細胞へと変換できるという性質である。これらの性質は,相反する性質ではあるが,培養の条件を制御することによって適宜使い分けることが可能である。このような性質を利用して,iPS細胞を必要量まで増殖させ,細胞数が整った後に,所望の体細胞へと変換させて利用するという仕組みが可能となる。

iPS細胞の利用にあたっては,大きくは2つの用途が考えられる(3)。1つは,報道等で大きく取り扱われている細胞移植用の細胞としての利用であり,もう1つは,試験管内で病気を再現し,治療薬の効果を確認するための利用である。後者については,有効成分の探索と有害事象の検出のいずれにも利用可能であると考えられる。

図3 iPS細胞の利用スキーム

CiRAでは,これら2つの用途の実現化に取り組んでいる。細胞移植に対しての取り組みとして,iPS細胞ストックの作製があげられる。iPS細胞の最大の利点は,自分自身の細胞を元に移植用細胞を用意できるオーダーメード医療にあるが,iPS細胞を製造するコストや時間を考慮すると,このような自家移植を広く実用化するには大きな技術的革新が必要である。また,対象とする疾患によっては,早期の移植が必要となり時間的に自家移植は不可能な場合もある。そこで,あらかじめより多くの人に対して免疫拒絶を起こし難い細胞からiPS細胞を製造し,保管(ストック)しておき,必要に応じて分配するというシステムがより現実的である。iPS細胞ストック事業は,国の支援により行われているが,ストック構築は,さまざまな特許技術を利用して行われる可能性があるため,特許を軽視した実施は権利関係の問題などを生じ,iPS細胞の分配時のコスト増加といった大きな弊害を生じる可能性が否定できない。そのため,iPS細胞ストック事業の実施には,知財管理の体制を整える必要がある。CiRAでは,ストック事業のほかにも,パーキンソン病および血液疾患に対するiPS細胞を利用した細胞移植治療の研究が進められている。

一方,治療薬の探索については,細胞移植より早く実用化されるものと考えられる。たとえば,重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんの細胞からiPS細胞を作製し,これから誘導した神経細胞では,健常者由来の同細胞と比較して神経突起が短いなど病態に特有の現象が確認されている。この健常者と異なる現象を是正するような薬剤は,有効な治療薬として利用できる可能性が高いため,iPS細胞を利用して治療薬の探索が可能であると考えられている。これまでマウスなどの動物を利用して治療薬の効果を確認していたが,動物に対する効果が必ずしもヒトに対して同様に効果を示すとは限らない。ヒトへの投与によって初めてその効果が確認される現状を考慮すると,iPS細胞の利用は治療薬の探索に大きな前進をもたらすと期待でき,実際に,多くの製薬企業により治療薬の探索のためにiPS細胞が使用されている。再生医療用のストックと同様に,治療薬の探索や疾患のメカニズムの解明が進むように,多くの疾患患者からiPS細胞を作製し,ストックする疾患iPS細胞プロジェクトも進んでいる。

以上のように,iPS細胞の性質を利用した産業への応用が進められていることから,iPS細胞を使用するための知財への配慮が必要となっている。

3. CiRAにおける知的財産管理

CiRAは,2010年4月1日に設立され,地上5階,地下1階の建物で,約250名(2013年12月現在)の研究者および研究補助者によって研究が進められている。CiRAの設立時に山中所長により,10年間の達成目標として次の4つが掲げられた。①基盤技術の確立と知財の確保,②再生医療用iPS細胞ストックの構築,③再生医療の臨床試験の開始,および④患者由来iPS細胞による治療薬開発(特に,難病,希少疾患に対する治療薬の開発)。この中の知財の確保という目標達成のため,CiRAには知財管理室が設けられている。このCiRA知財管理室は,知財の保護と発掘,発明の権利化などを行っている(4)。知財の保護と発掘という観点から,CiRAの研究者の実験ノートの管理と署名,研究進捗報告会への出席を行っている。実験ノートの管理では,2か月に1度,確認の日を設け,約250名の研究従事者の実験ノートの研究進捗の確認と署名を知財管理室員3名で行っている。また,iPS細胞ストック事業や再生医療の技術移転を行うことから,事前に使用するリサーチツールや作製される細胞にかかる他者特許調査とその取り扱いの判断を行っている。しかし,複雑な技術に対する検索式の構築および適切なデータベースの選択など専門的なサーチの経験があるわけではないため,十分な特許調査がなされているか否かにはいささか疑問が残る。

図4 CiRA知財管理室の業務内容

ところで,CiRAから生じた知的財産は,職務発明規定にのっとり京都大学に帰属することとなるが,その管理はCiRAという研究所に個別に設けられた知財管理と産官学連携本部とが連携して行っている。このように研究所に知財管理を行う部署があることは異例であり,iPS細胞技術の産業応用への期待の大きさが感じられる。また,特許出願された発明,または権利化された特許については,iPSアカデミアジャパン社(http://www.ips-cell.net/)へ実施許諾権が付与され,同社によってライセンス活動は行われている。

4. iPS細胞の特許審査における現状と問題点

iPS細胞の特許といってもさまざまな権利が存在し,iPS細胞を製造する工程における各ポイントに発明があり,おのおのが特許出願されている。たとえば,iPS細胞作製のための元の細胞,遺伝子の組み合わせ,遺伝子の導入方法,遺伝子以外に利用する薬剤,およびその他培養条件などiPS細胞作製の効率をよくするための技術が挙げられる(5)。京都大学においても,より多くの関連技術に対して特許を取得するため,特許を出願している。

図5 iPS細胞製造の特許の対象技術

京都大学のiPS細胞に関する特許出願のうち,山中教授が最初に出願した,いわゆる基本特許について,iPS細胞関連の特許の審査が最も進んでいる。この審査における細胞の特許に特有の問題点を紹介したい。

発明が特許となる要件の1つとして,発明の新規性がある。「物」の発明注1)にあっては,既存の「物」とは異なることを提示する必要がある。つまり,iPS細胞であれば,既存の細胞との違いを示す必要がある。ここで,ES細胞は,無限の増殖能を有し,なおかつ多能性を有していることから,iPS細胞と同等の細胞であり,製造方法以外では区別することは難しい細胞である。そもそもiPS細胞は,ES細胞における倫理的な問題点を解決するために,ヒト胚の破壊を行わなくとも同等の細胞を得るために開発されていることから,ES細胞とiPS細胞とは「物」という観点では同等であることが前提である。この事実を特許要件における新規性という場面で検討すると,iPS細胞とES細胞とは,「物」として見ると区別がつかないため,iPS細胞には新規性がないという判断にならざるを得ない。

新しい技術に対する新規性の判断には従来とは別の考え方を導入する必要があると思われる。

5. iPS細胞に関連する特許問題とその取り組み

(1)リサーチツール特許

iPS細胞の作製においては,iPS細胞にかかる特許のほかに,作製時に使用する試薬等に対しても特許権が保有されているケースがある(6)。試薬は研究用として販売されているが,試薬の用途にも特許が存在しており,研究者も気づかないまま,他者の特許技術を使用している可能性もある。このように試薬などにかかる特許はリサーチツール特許と呼ばれており,そのライセンスのあり方の難しさが指摘されている1)。リサーチツールの使用にあたり,研究段階と医療応用時とではそのライセンス条件を大きく変えることが可能であり,医療用途時の使用の場合,リサーチツールであっても多大なライセンス料を要求することもある。本分野のように研究内容がそのまま医療応用に外挿できる場合,予想外に多大なライセンス料が必要となる可能性があることから,研究段階から慎重に試薬を選定する必要がある。

図6 iPS細胞にかかる特許の種類

(2)iPS細胞にかかる特許出願状況

iPS細胞にかかる特許を網羅的にサーチすることが難しいことがあげられる。iPS細胞という言葉は,山中教授による造語であり,出願人が特許出願時の明細書にこの用語を使用するかどうかは疑わしい。その他の用語として,“初期化(reprogramming)”や“多能性(pluripotent)”というiPS細胞の特徴を示す言葉もあるが,使用傾向が異なっているため調査が困難である。このような状況ではあるが,暫定的にWorld Intellectual Property Organization(WIPO)の提供するPATENTSCOPEに「pluripotent or somatic or reprogram* or iPS」を検索タームとして用い,得られた結果を分析したところ7のように,さまざまな国籍の出願人が国際特許出願を行っていることが確認された。2007年に公開された山中教授の最初のiPS細胞にかかる特許出願の後,数多くの関連発明が特許出願されている。特に,米国からの出願が多いことが確認された。なお,iPS細胞にかかる特許出願は,大学等の公的研究機関による特許出願が多く,基礎研究の成果を出願している傾向も示唆された。また,韓国や中国,シンガポールといったアジア諸国からもiPS細胞分野に参入していることが確認され,アジアにおいてバイオテクノロジー分野の強化策が取られていることが感じられる。さらに,これらの国際特許出願について,技術別に分析したところ,初期には,遺伝子の導入方法に着目した出願が比較的多くみられ,レトロウイルスの代替技術の特許を保有することがiPS細胞の製造においては重要であると多くの研究者が感じたことが見受けられる。このほかにも4つの遺伝子以外を用いる方法といった当初の技術を補完する技術に着目している傾向がみられた。

図7 iPS細胞製造にかかる国際特許出願

ところで,山中教授の出願後であっても,iPS細胞の権利をすべて包含するような基本特許と考えられる出願が数件見られた。京都大学の出願を含む6件のiPS細胞基本特許の競合の様子を8に示す。これらは,いずれも,京都大学の公開前および山中教授のヒトiPS細胞の論文発表の前に出願がなされており,ヒトiPS細胞の権利を取得することが特許戦略において重要と考えられたため出願したと思われる。過去に米国では,マウスのES細胞が公開された17年後に霊長類のES細胞が樹立され,その成果を出願した霊長類のES細胞が特許として成立している。このような背景を考えるとiPS細胞でも同様の事態が起きることが想定され,各者が戦略的に出願したと思われる。

図8 競合するiPS細胞基本特許

このようにiPS細胞の権利を巡って熾烈(しれつ)な競争が生まれ,京都大学もこの競争に飲み込まれることとなった。なかでもiPierian社の米国出願と京都大学の米国出願は,インターフェアレンスの宣言がなされる直前まで審査手続きが進んでいた。インターフェアレンスとは,両者の出願がともに特許性が認められ,なおかつ同じ権利範囲を含む場合に,その権利範囲について発明日のより早い出願人に特許権を与えるという米国の制度である(ただし,2013年3月16日に施行された米国特許法の改正により現時点ではこのような先発明主義は採択されていない)。この手続きでは,互いの発明日を示す証拠書類に対して根拠がないといった主張をし合うなど,時間や金銭がかかることが予想される。この件は,iPierian社の特許を京都大学へ譲渡することでインターフェアレンスを避ける提案が同社よりなされ,終結した。

(3)米国特許の権利範囲

米国特許庁における審査では,代替技術の推定ができないため,実験例に限定された権利になるという問題がある。発明が特許となる条件の1つとして,実施可能要件という条件があり,出願時に発明を当業者が実施できるということを示さなければならない。山中教授の最初のiPS細胞の特許出願資料は,レトロウイルスを利用して4つの遺伝子を細胞へ導入してiPS細胞を作製することを示している。ここで,4つの遺伝子の一部をほぼ同様の機能を有する遺伝子に代替しても同様にiPS細胞が作製できるか否かについては,これまでiPS細胞の知見の蓄積がないため,実施可能と推定できないと判断される場合がある。また同様に,レトロウイルス以外の方法を用いてiPS細胞を作製できるか否かについても推定できないと判断される場合がある。このように,まったく新しい技術では,一部の技術を代替しても同等の効果が得られるか否かに推定が働かないため,特許は実験例に示した方法に限られるという結論になることがある。すなわち,実験を行わずとも容易に推定できる代替技術が,京都大学のiPS細胞の基本特許の権利範囲から外れるため,特許回避技術が容易に生み出されるという事態が起きる。

この問題について,日本,米国,欧州という3極の審査を比較すると,欧州と日本とではこのような判断は行われておらず,限定的な権利範囲となっていないが,米国では実施例に限定され権利範囲が狭くなっている。このように,米国での特許取得が大きな課題となっているが,現在も審査対応を行っていることから,今後の権利範囲は変化する可能性はある。ところで,2013年10月の時点で基本特許として成立している国は,28か国1地域(香港)であり,中国,韓国,インド,ブラジルなどでは審査が継続している(9)。

図9 iPS細胞の基本特許の成立国

iPS細胞自身の特許問題について述べてきたが,実際に医療等に応用されるのは,iPS細胞から変換して作製された体の組織細胞である。したがって,医療応用にあっては,iPS細胞にかかる特許の問題だけではなく,治療用の細胞を作製する技術やその際に使用するリサーチツールに対しても同様の問題が存在している。特に,iPS細胞からの変換(分化誘導)にかかる特許は,iPS細胞が製造される前のES細胞において培われた技術を援用する場合もあることから,既存の特許の存在がより大きく問題となる可能性が高い。したがって,今後の実用化においては,さまざまな局面において,知財の問題をクリアすることが大きな課題となっている。

6. おわりに:技術普及に対する知財の役割

大学の研究成果は,世の中に発表され,広く公共利用されることが使命であると考えられることも少なくない。実際に,大学の研究者に対して研究成果の公共性を重んじる方も多く,同時に大学の研究者もこのような思いで研究に取り組んでいることが多い。このような大学の使命と独占実施権をもたらす特許制度とは対照的な位置に存在するとも言える。しかし,特許制度が存在し,この制度を利用して産業が発達し,多くの人がその技術を享受できたことも事実である。したがって,大学の研究成果をより広く利用していただくために,特許制度を利用することも考える必要がある。

iPS細胞は,さらに加工が必要な中間体であるため,技術の広がりを考えるとより安価に利用可能な状況にしておくことが望ましく,そのためには,特許による独占は好ましい状況とはなり得ない。しかし,上述のとおりiPS細胞に対する複数の特許が存在することになると予想され,大学が特許を保有しなくとも,結局他の特許権者によって独占されることになり得る。このような状況を考慮すると,特許に対抗するために大学も自ら特許を保有し,積極的に権利を制御し,開発を促進させることが必要である。たとえば,保有している特許を利用してクロスライセンスにより他者の特許の実施許諾を受けることで,京都大学が作製したiPS細胞は自由に配布できる状況にしておくなどが考えられる。上述したiPierian社からの譲渡のケースがこれにあたる。

このほかにも,大学が特許を保有していることは,参入者にとって比較的安心感を生じさせる効果があるかと思われる。このように特許は,単なる独占実施権としてではなく交渉材料等にもなり,利用方法によっては公共利用と相反するものではないと考えられる。

ところで,すべてのケースにおいて,単純に非独占化することによって技術普及が進むとも限らず,大学が保有する特許であっても独占的に企業に付与することによって技術普及が進むこともあると思われる。特に医薬品は,その開発に莫大な時間と費用がかかり,独占的な実施期間を設けないと企業が参入できる状況ではない。もちろん,特許だけがこの独占期間を設けるための手段ではないが,特許が重要な役割を果たすことは疑いの余地がない。このように独占と非独占のバランスを考えて使い分けることによる技術普及を,iPS細胞を利用した一連の実用化の流れに当てはめると,iPS細胞そのものの作製にかかる技術は非独占として,iPS細胞を加工して最終製品とする技術は企業に独占実施させるという制御が提案できる(10)。以上のように,特許を保有することによって,大学の研究成果の普及を促進させることも可能であり,特許を保有しない場合よりもはるかにさまざまな手を打つことができると考えられる。ただし,特許の取り扱い次第によっては,この逆の事態を引き起こすこともあり,その取り扱いは慎重に行う必要がある。

図10 技術促進のための知財戦略

このほかにも,技術普及を考えた時に,自らが特許を保有することとは別に,他者の特許を利用しないということも重要である。残念ながら,大学は研究機関であり,自らが研究成果を実施することは難しい。そこで,企業等に研究成果の実用化を委ねなければならないが,このとき,他者の特許技術を用いた方法であれば,当該企業における実施が困難になり得る。このような事態を避けるためには,研究段階であっても他者特許を調べ可能な範囲で障害となり得る特許技術を避ける必要はある。しかし,調査の専門部門を大学が自ら設置するには至っておらず,いかに調査を行うかが今後の課題となっている。

iPS細胞のような基礎研究と応用研究の距離が近い分野であれば,大学であっても知的財産とうまく付き合い,研究成果の社会還元へ積極的に関与することも必要である。

謝辞 

iPS細胞の特許については話題の方が先行してしまい,私どものiPS細胞に対する特許の考え方をまとめて発表する機会が少ない。このたびは,このようなiPS細胞研究所の知財管理室の取り組みを紹介する機会を与えていただいた情報プロフェッショナルシンポジウムを運営された方々に心から感謝の意を表したい。

本文の注
注1)  特許法第2条3項1号

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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