情報管理
Online ISSN : 1347-1597
Print ISSN : 0021-7298
ISSN-L : 0021-7298
リコーイメージング株式会社における特許評価活動
最上谷 誠
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2014 年 57 巻 4 号 p. 243-250

詳細
著者抄録

リコーイメージング株式会社では,他社特許の評価を技術者と知財担当者が協力して行うのに効率的な特許評価システムの構築を行い,運用することになった。これは,特許調査ツールを利用することにより,管理も含めて互いの進捗状況が見えるシステムである。本稿では,システムの概要と運用面での注意点について報告する。併せて本システムの重要項目の1つである,独自キーワード付与からパテントマップへの応用など,データ活用事例についても報告する。

1. はじめに

リコーイメージング株式会社(以下,当社)は,1919年旭光学工業合資会社として設立された。その後,旭光学工業株式会社に組織変更し,2002年にペンタックスと改称した。2008年にはHOYAに吸収合併され,カメラ部門はHOYA株式会社の一事業部門として,イメージングシステム事業部となった。

そして2011年に旧ペンタックス事業のうち,イメージングシステム事業部のみが分離されてリコー傘下に入り,ペンタックスリコーイメージング株式会社となり,2013年8月にリコーイメージング株式会社に改称された。

従業員数は約1,900名(子会社を含む)で,事業分野はデジタルカメラ本体,交換レンズ,双眼鏡製品である。フィリピンのセブ島にはカメラ組立工場,ベトナムにはレンズ組立工場がある。

本稿では,当社の知財グループ調査担当の業務と,特許評価システムの概要および運用面で苦慮した点などを中心に報告する。併せて本システムの重要項目の1つである,独自キーワード(以下,独自KW)付与からパテントマップへの応用など,データ活用事例についても報告する。

2. 調査担当の業務

当社の知財グループは開発統括部に属し,法務担当,事務担当,権利化担当,調査担当に分かれている。調査担当の主な業務は年間100件前後の侵害調査を中心に,一般技術調査から無効化調査,トロール特許ファミリー調査などで,調査と名が付く業務はすべて担当している。また,他社技術動向分析,出願状況分析等のパテントマップ作成も定期的に行っている。それらの中には,他社特許の審査経過ウオッチング,新たに発行される特許の開発部門向けのSDI(Selective Dissemination of Information,選択的情報提供)配信など,調査に付随する業務が含まれている。また,特許評価システムの管理・運営,技術者向けの調査教育や各種技術情報提供も行っている。

他社特許の審査経過ウオッチングについては,技術者または知財部員から依頼を受けた案件を監視し,審査経過に動きがあったときに依頼者に連絡を行っている。

SDI配信はテーマごとの検索式を毎週定期的に自動実行させ,結果を電子メールで技術者または知財グループに自動配信している。

特許評価システムの管理としては,特許調査ツールが正常に稼働しているかのチェックと,クライアント端末の各種アクセス権限設定などを行っている。

調査教育は,利用している特許評価システムの提供会社から派遣される講師が行う場合と,当社の調査担当が行う場合とがある。外部に依頼する場合は,一般的な特許評価システムの使用方法についての説明がなされ,当社の者が講師を務める場合には,技術者に対し,より業務を意識した効率的・実践的な教育が行われている。その他の教育は少人数のグループとし,各グループの業務に適したFターム,IPC等の特許分類の利用,また後述する独自KWを利用した調査手法の教育を行っている。

技術情報提供としては,毎月初めに当社事業に関連する公開意匠公報をWebサイトに掲載している。また,後述の定期的評価に利用する特許公報に独自KWを付与し,社内組織に合わせて選別しまとめた公開公報の抄録を印刷して技術者に回覧するとともに,全文が確認できる検索式もWebサイトに掲載している。

紙での配布は,過去一部の開発部に回覧されていたことがあったが,知財からは近年では定期的な情報発信を行っていなかった。しかし出願が減り,技術者の特許の意識が低下してきたことから,知財マインドを上げるために,紙での回覧を再開した。電子データより紙の方が見やすく,定期的に技術者間を回覧されるので,時間があるときに各自関係する分野の特許公報を見ることができる。最新の他社の特許公報を読むことで技術の向上や自社の特許出願案を考えるのに利用してもらうことが目的である。しかし,回覧はいき渡るまでに時間がかかるため,新しい情報を早く見たい人のためにWebサイトに掲載された検索式を使って,回覧と同じ特許の全文を見ることもできるようにしている。特許は生ものなので,開発部門の技術者はできるだけ早く確認することが望まれている。それに応えるためである。

3. 侵害調査

侵害調査は調査業務の中でもっとも重要なので,案件ごとの調査のほか,これらについても定期的に特許評価を行っている。

3.1 案件ごとの侵害調査

侵害調査の依頼があると,案件ごとに知財グループで調査担当者と権利化担当者の2名がチームとなり,技術者にヒアリングを行ってから調査を開始する。

権利化担当者と一緒にヒアリングを行うのは,侵害調査依頼ではあるが,侵害案件でない場合,出願に移行するケースが多いためである。またヒアリングをする間に新たな出願案が出てくるときもある。調査結果を権利化担当者が見てヒアリングの内容と違うと思ったときは,調査担当者に確認することもある。

また,侵害調査は見逃してしまうと事業リスクを伴うことがあるため,ダブルチェック体制としている。完全な調査を目指してはいるが,膨大な特許公報から調査するため,完全ということはありえない。どこかで妥協することも必要だが,ダブルチェック体制にすることで少しでも調査漏れのリスクを減らすことができると考えている。

調査は可能な限り出願を意識して行うように心がけている。権利化担当者が同時に結果をチェックすることで先行例に使える特許公報の確認ができるため,スムーズに出願に移行することができる。

検索式は複数の観点で作成し,スクリーニングした結果を依頼者に提供している。依頼者は検討結果を確認し,必要に応じてクレームチャート分析を行い,知財に返信するようにしている。知財ではその内容を検討し,妥当性を確認する。このような作業は技術者にも知財にも負担がかかるが,キャッチボールを繰り返すうちに技術者の知財マインドも向上するし,知財の技術知識レベルも向上するという相乗効果も得られる。

通常,侵害調査の場合,依頼内容だけではなく,次のステップで行う技術的内容を予測し,少し範囲を拡張した調査を行う。その結果,毎回,数百~数千件に及ぶ検索結果の特許公報スクリーニングを行っている。

ヒアリング内容は書式(以下,フォーマット)を決め,工事番号,発表の有無,調査結果納期等,毎回聞く内容を統一し,ヒアリングに漏れがないようにしている。

技術者がフォーマットに記入し,知財で受け付けてからヒアリングを行っていた時期もあったが,記載事項に抜けや漏れが多く,また技術者に負担がかかるため,現在は調査担当者がヒアリングを行いながらその都度,内容を記入している。

また,以前はフォーマットに上長(責任者)の押印欄などもあったがこれも撤廃し,気軽に調査依頼を出せるようにした。ヒアリングの最後に調査結果を報告する納期(期限)を決め,案件のシリアル番号を付けて管理している。

各調査依頼案件はすべてExcelで1行1件で管理し,シリアル番号と簡単な依頼内容,受付日,希望納期などがわかるようにしている。また案件ごとにフォルダーを作成し,ヒアリングした内容や資料,電子メールなどをPDF化してフォルダーに保存している。各フォルダーにはExcelのシリアル番号にリンクをはり簡単にアクセスできるようにしている。

社内すべての調査依頼案件を一括集中管理しているため,すでに調査しているのを気づかないまま再度調査する重複も起こらないし,過去に調査した案件と類似案件については以前作成した検索式を利用することにより効率よく調査できるようになっている。

3.2 定期的特許評価システム構築の経緯

カメラがフィルムからデジタルに移行したとき,多くの電機分野企業の参入があり,近年では携帯電話,スマートフォン分野などからの参入があるため競合も多く,また技術もナビゲーション,無線など多岐にわたっている。そのため,特許件数も日々増加しており,調査および競合企業のカメラに関連する特許評価の重要性が増してきている。

前述したように案件ごとの侵害調査を行っているが,特許公報の増加に伴い,すべての特許公報が漏れなく調査できているという保証はない。リコーグループに入る前は,特許に対する技術者の意識が低く,また忙しいという理由でなかなか競合他社の特許評価の協力が得られない状態だった。リコー傘下となってからは意識改革が始まり,技術者の協力が得られる体制づくりが進められた。

そこで,新たに技術者と知財が協力して競合他社の特許評価を行う特許評価システムを構築することになった。目的は,定期的に案件ごとの侵害調査漏れがないかの確認を行うことと,製品開発で先行例を調査せずにうっかり新しい機能を搭載してしまった技術がないかを確認することである。システム構築は,なるべく技術者,知財担当者に負担をかけず,効率的に特許調査,出願業務が実行可能で,さらにシステム管理が楽にできる方法を目指した。

4. 定期的特許評価システムの概要

当社では特許調査ツールは日本パテントデータサービス株式会社のNew Client Server System(以下,NewCSS)を全社展開しており,知財からの各種特許調査結果は,NewCSS形式で配布している。

このシステムには,特許公報に独自KWが付与でき,この独自KWを利用して検索式を作成できる機能がある。なお,ここでいう独自KWとは,自社で設定した分類項目に対し事前に設定したキーワードのことを指す(1)。定期的な特許評価は年数回,特許公報がある程度集まった時点で実施している。

図1 独自KW分類付与画面例

4.1 評価前の下準備

特許評価は知財担当者と技術者で協力して行うが,技術者に評価を依頼する前に,知財で次の手順により準備を行っている(2)。

図2 評価の流れ

  • 1)評価する特許母集団の検索

特許公報を一定の発行期間で区切り,母集団を決定する。

  • 2)当社組織に合わせた独自KWの付与(34

大分類としてエレキ,メカなど当社の組織ごとの分類,中分類として画像処理,合焦制御など,当社で開発を行っているテーマごとの分類を付与する。

図3 独自KW付与例1
図4 独自KW付与例2

ここが重要な点で,あとで技術者に評価を依頼する際,各部門で評価する特許公報を決めておき,またテーマを付与しておくことで,適切な評価担当者がすぐにわかり,効率的な評価が行えるようになった(この独自KWは,「2.調査担当の業務」で述べた技術情報提供のときに付与されるKWを指す)。

  • 3)特許公報ごとに,知財の1次評価者を決定

以前,構築したシステムでは,案件ごとの知財担当者を特に決めてはいなかった。そして,知財で担当者数人が集まり,その場で技術者の評価が終わった特許公報を読み,技術者のコメントをプロジェクターで投影しながら知財評価を行っていた。しかし,この時点で初めて案件を見ることになるため,理解するまでに時間がかかるし,数人が1度にこの評価を行うため,ほかの業務が同時にストップしてしまう事態に陥ってしまう。また全員が集まることができる時間帯と場所を確保しなければならないので,知財にとっては大変な作業であり非効率なシステムであった。

当社はフレックスタイムを採用しており,コアタイムは10~15時なのだが,朝早くから仕事を開始する人もいれば,10時に出社する人もいる。コアタイムに全員が集合すると他の業務の妨げにもなるため,遅い時間に開催せざるをえないという事態が起こってしまう。さらに全員で同じ特許公報を確認するので,他人任せになることもあった。そこで案件ごとに責任をもつ担当者を決めることにし,全員が集合して行う検討会は廃止することになった。

  • 4)技術者用検索式,知財用検索式,評価結果用検索式を作成

3つの検索式を作成した理由は,1つの検索式ですべてを書くと検索式が長くなり,必要のない検索式まで毎回実行されてしまい,時間の無駄になるからである。

  • 5)技術者用検索式と知財用検索式を関係者に配布

4.2 技術者評価(技術者用検索式の作成)

技術者用検索式(5)では,中分類ごとに評価特許公報数が表示されるので,リーダーが分類テーマと件数を見て,担当の割り振りを行う。

図5 技術者用検索式例

割り振られた技術者は担当の特許公報について,事前に決められたルールに従って,評価結果,評価者名,および評価結果(評価理由)を記入する。検討事項が完了すると検索式から件数が減っていくようにした。件数が0になれば評価は終了となる。

4.3 知財評価(知財用検索式の作成)

知財用検索式(6)は,担当案件(事前に1次評価者となった案件)が,技術者の評価が終わった時点で検索式に反映され,評価ができる状態になる。

図6 知財用検索式例

技術者の評価理由を読み,知財担当者としての視点から妥当性の検討を行い,必要に応じて技術者の評価を変更し,その理由を記入し完了する。評価に悩むような場合には知財2次評価者を指名できる。

独自KWに2次評価者の名前を記入すると,検索式を実行することで誰が2次評価者に指名されたのかが,わかるようになっている。2次評価者は技術者評価,知財1次評価者結果を検討して最終判断を行い,評価を完了する。

4.4 報告(評価結果用検索式の作成)

最後に評価結果用検索式(7)を使用して,報告書を作成する。この検索式では,母集団件数,技術者評価結果,知財評価結果件数等が表示され,結果はコメント(独自KWに入力された内容)とともにExcel形式でダウンロードされる。

図7 調査結果および誤入力チェック検索式例

またこの検索式は,ルール通りに評価結果を記入しなかった案件のチェック検索も兼ねている。その後,この評価結果の中で,当社に影響がある他社の特許について必要に応じて無効化調査を行う。

5. システム運用にあたって

本システムの運用上の重要事項は,次の4つである。1つ目は,最初の中分類を適切に決めることである。途中で分類内容を変えると過去にも遡及することになり,後戻りして仕事をすることになる。2つ目は,中分類は誰が付与しても同じ分類になるように設定することである。1人で分類付与する場合はかまわないが,件数が多くなると組織的に分類付与する必要がある。その場合,個人個人でバラツキが出ないようにすることが重要である。3つ目は,中分類の数を可能な限り少なくすることである。先ほどと同様,数が多くなると人によって分類付与にバラツキが生じるため,なるべく少ない方が望ましい。4つ目は,評価記入項目を最小限にすることである。

継続してシステムを運用していくうえで大切なことは,できる限りシンプルにするということである。評価は毎日行うものではないので,記入項目が多かったりシステムが複雑だったりすると,記入方法を忘れて間違えることが多くなり長続きしない。

5.1 システム導入の効果

知財担当者は検索結果を見れば,自分の担当案件の進捗状況が把握できるので,他の仕事の状況を勘案しつつ特許評価を計画的に行うことができる。また,NewCSS内で完結するので管理するのが楽という利点がある。Excelなどで管理すると,時間が経てばその所在がわからなくなることもしばしばである。異動や退職などで管理担当者が不在になると忘れられることもあるが,このシステムでは決まった管理者がいなくてもデータ管理できるのが特徴である。また評価内容は技術者全員が閲覧可能なため情報共有できる。

最初はコメントの内容が適切でなかった技術者も,何度か評価を重ねるうちにコメントの質が上がり,知財から再確認する回数が少なくなってきている。知らず知らずのうちに,特許を読みこなす力がつき,そのレベルも上がってきていた。今までは読まず嫌いだった技術者も,特許公報の読み方に慣れてきたというわけである。

5.2 問題点とその改善策

事前に評価完了日を決めてはいるが,技術者の進捗が遅いと知財の評価が始められないなどの問題点が出てきた。そのような場合には,検索式を実行して全体の進捗状況を確認し,担当者に連絡して早く評価をしてもらうようにしている。また,納期が近づいてきたときには毎週各部署の進捗状況グラフを作成し,関係者に知らせることにより,遅れている部署は否が応でもやらざるをえなくなるようにした。

5.3 今後の運用

この特許評価システムは継続することが重要で,途中でやめると今までのノウハウの蓄積が無駄になってしまう。技術者が自主的に評価するようになるのが理想だが,まだまだ時間がかかると思われる。それまでは,知財としてできるだけ前準備を行うなど,技術者にあまり負担をかけないようにしていく必要がある。

6. 独自KWの調査とパテントマップへの 応用

独自KWの付与は,特許の評価以外にも応用できる。その事例を2つ紹介する。

6.1 調査への応用

独自KWは基本的に技術者がテーマとしている内容に即して付与しているので,技術者が自分で特許を調査する際,検索式に独自KWを使うことで,比較的簡単に調査を行うことができる。

たとえば,合焦制御を担当している技術者が顔を認識して制御する特許公報を調査したい場合,独自KWに合焦制御と顔検出というテーマが付与されているので,「KW=合焦制御 and 顔検出」とすることで,ノイズのない検索ができる。

また,件数が多い場合や技術内容を絞り込まなければならない場合には,別のKWを掛け合わせることで,効率のよい検索が可能となる。さらに,特許公報に付与されたほかの技術者や知財のコメントを見ることで,特許に不慣れな技術者にも内容が理解しやすくなるという教育的な効果もある。

6.2 パテントマップへの応用

独自KWを特許公報の書誌事項や審査経過等とともにダウンロードし,パテントマップソフトに入力することにより,より技術者テーマに沿ったマップを作成することができる(8)。

図8 独自KWを使ったパテントマップ例

通常公報の諸事項から分析に利用する分類は,IPC(International Patent Classification),FI,Fタームだが,業種によってはそのまま利用するのは難しい。その場合,分析する特許公報を読みながら何らかの分類をその都度付与する必要があるが,毎週発行される特許公報に独自KWが付与されているので,そのまま利用することもできる。

7. おわりに

調査業務には前述したように多様な調査があり,日々新技術にアンテナを張っていなければならない。関連製品にかかわる他の技術を知らないと難しく大変な業務だが,たくさんの特許を読むことにより自分の知らなかった技術を知るときの喜びも大きいし,また知識の蓄積にもなる。特許調査にかかわる人は,1度は開発や設計を経験し,技術を知ったうえで調査をすると,さらによい結果が得られるのではないかと思われる。

特許調査の手法についてのセミナーはよく行われているが,特許を評価する方法やシステムについてのセミナーはあまり聞かない。本システムの評価方法以外にもいろいろな方法があると思うが,少しでも調査担当者またはシステム設計者の参考になれば幸いである。

参考資料

  1. a)   山崎登和子. (株)ダイセルにおける情報調査活動:調査チームの取り組みと調査担当者の役割. 情報管理. 2012, vol. 55, no. 1, p. 21-28.

 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
feedback
Top