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インフォプロによるビジネス調査-成功のカギと役立つコンテンツ 第4回 業界・市場調査(1)
上野 佳恵
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2014 年 57 巻 4 号 p. 266-271

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ビジネス調査担当者が頭を悩ますことが多く,かかる負担が大きいのは,何らかの業界,ある製品・サービスの市場を調べるという場合ではないだろうか。ラーメンから飛行機まで,調査対象はありとあらゆる業界・市場に広がりうる。これまでは,自社の関連業界のみを対象として考えていればよかったのだが,インフォプロのビジネス調査に求められる範囲が広がってきているのは,連載の最初にも書いたとおりである。

調べる対象の業界が異なれば,必要となる個々の情報の内容が異なってくる。しかしながら,必要な情報の種類として大くくりに考えれば,どんな業界の調査にも共通の枠組みがある。そして,その種別化した情報を入手するために見るべき情報源も,分類して考えれば実はそれほど多くはない。

今回から2回にわたり,業界・市場調査に共通している必要な情報の種類のとらえ方とその情報源について述べていきたい。

1. プランニングが業界調査のカギ

企業情報調査を行う際に必要とされる情報は,対象企業の事業内容,財務情報,最近の動向などであり,それほど多岐にわたるものではない。前回「ヒト・モノ・カネ」というフレームワークで紹介したが,それぞれの枠の中で必要となる具体的な情報の内容は,容易に想像がついたはずである。

一方,「ある業界の現状を把握する際に必要な情報は何か?」と問われたらどうだろう。市場規模の推移や参入企業のマーケットシェアのデータは誰もがあげるだろうが,その先は,考える人や立場によって,各社の価格戦略や販売チャネルの動向,関連技術,業界にかかる法規制などさまざまな方面に広がっていくのではないだろうか。

広がりがあるがゆえに,思いつくままに情報を集めるだけでは,モレや抜けが起こりうる。ビジネス調査には事前のプランニングが必須ということを繰り返し述べてきたが,もっとも重要なのが,この「業界・市場調査」なのである。フレームワークに沿って,事前にどのような情報が必要なのかをリストアップすること,そしてこれらの情報をどこからどうやって入手するかを考えてから手を動かすこと,業界・市場調査にあたっては,プランニングがきちんとできていれば,調査の成功はおおむね約束されたといっても過言ではない。

2. 市場規模の調べ方

第2回で,業界調査のプランニングの際に筆者が用いるMCC(3Cのアレンジ系)というフレームワークを紹介した。このフレームワークに沿って「太陽光発電市場の概況把握」という調査の進め方を考え,ポイントとなる情報源を紹介していくこととしよう。

(1) 市場規模のとらえ方

まずはMarket(市場)。市場全体の動向と,それを取り巻く環境である。それだけでもかなり範囲が広いので,Marketの内側=市場そのものと,Marketの外側=市場を取り巻く外部環境に分けて考える。

どんな業界を調べるにあたっても,最初に必要となるのは,市場規模についてのデータだろう。基本的には,その製品・サービスの生産・出荷・売上げなどの数値ということになる。

一見単純そうに見えるデータであるが,“市場規模”をどうとらえるのかをあらかじめ考えておく必要がある。たとえば,太陽光発電の市場の大きさといった場合,発電のベースとなる太陽電池の生産や出荷,システム全体の設置状況,太陽光発電システムによる発電量,など複数の切り口でとらえることが可能だ。どのような数字で市場の大きさを把握するのが適切なのか,1つのデータでよいのか,複数の見方があったほうがよいのか,などは,調査の目的によって異なるであろう(1)。

図1 太陽光発電市場のとらえ方

さらに,時系列で何年前ぐらいからの推移データが必要なのか,毎年の数値が必要なのか,数年おきの数値でよいのか,金額ベースでよいのか,数量ベースがよいのか,などについても考えておいた方がよいだろう。さらに,太陽電池の出荷データであれば,パネルの種類や産業用と住宅用など,市場を細分化してとらえるとどうなるのか,どのようなセグメントが考えられるのか,などについても,あらかじめ検討しておくとよい。

(2) 市場規模データの基本統計

市場規模データを入手しようとした際,情報源としてまず考えるべきは政府が実施している統計類である。政府が実施している統計にはさまざまなものがあり,政府統計のポータルサイトe-Statに掲載されている数は600を超えている注1)。その中から,自分が調べようとしている業界に関連する統計を探し出すのは,実はそう簡単なことではなく,それなりの知識や経験が必要となる。しかし,市場規模データを得るための基本的な統計ということであれば,業界ごとに1のような統計を考えておけばよい。

表1 業界調査の基本政府統計

「経済センサス」注2)は,総務省が2009年から調査を始めた統計である。これまで工業,商業,サービス業と個別に行われてきた統計調査を統合し,包括的な産業構造および経済活動の実態を明らかにすることを目的としている,個人経営の農林漁業事業所など一部を除き,基本的に日本国内すべての事業所を対象とする,いわば事業所版の国勢調査である。統計法に基づく基幹統計であり,調査対象者には報告の義務がある(統計法第13条)。2009年に,各事業所・企業の規模や資本関係などの「経済センサス-基礎調査」,2012年に製造品出荷額や売上高などについての「経済センサス-活動調査」が実施されている。

(3) 製造業は「生産動態統計」で

工業製品の市場規模=生産・出荷動向を見る際には,「経済センサス」や「工業統計調査」注3)(経済産業省)(全製造事業所を対象に従業員数や製品の製造出荷額,原材料使用額,在庫額などの調査が毎年ある。「経済センサス」開始後はそれに一部統合)より,「生産動態統計調査」注4)(経済産業省)の方が使い勝手がよい。調査対象が主要な品目に限られ,一定規模以下の事業所は調査対象に入っていないなどの問題はあるものの,その品目の月々の生産・出荷の動きをとらえることを目的としているので,市場規模の経年変化を見るには適している。原則として金額ベースのみでなく数量ベースでも集計しているので,単価動向なども推測することができる。

たとえば,太陽電池に関する品目としては,“太陽電池モジュール”(太陽電池のセルを何枚か合わせてパッケージ化したもの)があるが,「工業統計調査」では出荷金額のみが集計されているのに対し,「生産動態統計」では金額に加え,数量(枚数)ベース,さらには容量(発電容量,kW)ベースでも集計が行われている。

ちなみに,「生産動態統計調査」での太陽電池モジュールの2012年の出荷額は3,696億円(生産動態統計平成25年確報)であるが,「工業統計調査」では2,982億円(平成24年工業統計表品目データ)と,同じ経済産業省が行っている統計調査であるにもかかわらず数値が異なる。このような場合に「どちらが正しいのか?」という話になりがちであるのだが,調査の目的,対象,集計方法が違うため異なる数字が出てくるのであって,どちらかが正しく,どちらかが間違っているという話ではない。情報の選択ということについては別の回で詳述するが,太陽電池が日本の産業全体の中でどのような位置づけにあるのかという話をするのであれば,産業(製造業)の構造全体の把握を目的としている「経済センサス」「工業統計調査」の数値を用いるのが適しているであろうし,この数年での太陽電池の生産動向を示したいのであれば「生産動態統計調査」がよい,ということになる。

(4) 政府統計の見方・使い方

政府統計は,近年オープンデータの推進として民間での活用が検討されているところではあるが,正直なところビジネス調査の情報源として,あまり使い勝手のよいものではない。そもそも国が統計調査を行う目的は,「おおむね実態・現状を明らかにしさまざまな施策の基礎資料とすること」にあり,民間での活用についてはこれまで想定されていなかった。全国規模で実施する大規模な調査であるために,集計や公表するまでにタイムラグがあったり,品目や産業分類が硬直的で世の中の変化に柔軟に対応しているとはいえない面がある。

それでも,これらの統計が国の産業政策の基盤となっていることや情報および情報源の信頼性という点から考えれば,ビジネス調査の際に最初に見るべき資料,押さえておくべきデータであることは論を待たない。政府統計は実態に即していないとしても,政府統計で何がどのように把握できて,何が把握できないのか,どのように実態に即していないのかをまず考えるべきである。

最初に述べたように,政府統計には多種多様なものがあり,どんな統計があるのかを把握するのさえ難しい。さらに上記のように,調査方法や数値の見方にも注意が必要である。今回,太陽電池の生産・出荷に関する市場規模データを得るという目的に絞り簡単に述べてきたが,用語の定義やそれぞれの数値の意味するものにも注意する必要があるし,商業やサービス業については,また異なる見方・使い方をしなければならない。このような各種の政府統計の特徴や使い方のポイントなどの詳細については,浅田昭司氏の「統計情報活用への招待」注5)に詳しいので,そちらも併せて参照されたい。

(5) 業界団体の統計

太陽電池モジュールの生産・出荷データに戻ろう。「生産動態統計調査」で,モジュール全体としての数値は把握できた。しかし,それが産業用なのか住宅用なのか,素材別でみるとどうなっているのか,などのより詳細な市場規模データはないものだろうか。

そこで,次に情報源として考えるのが,業界団体の統計である。製造業であれサービス事業であれ,産業としてある程度の規模になり参入企業が増えてくると,品質やサービスレベルの水準を一定に保ったり,業界の利害をまとめて政府などと交渉を行ったり,業界発展のための共同研究や調査を行うために,同業者団体が形成されてくる。このような業界団体が,業界の実態を把握するために独自に行っている統計調査は,非常に有用な情報源となる。

政府統計のように大規模な調査ではなく,基本的に団体参加企業から報告されるデータを集計して作成されるので,より細部にわたる場合が多い。たとえば,太陽光発電協会では,単結晶シリコン,結晶シリコン,アモルファスシリコンなどの種類別,用途別(発電用,産業用,住宅用)の独自統計をWebサイトで発表している注6)

さらに,用途別の集計は2010年までは住宅用と産業用であったが,発電事業を行う企業が増えたことに対応して,2011年からは発電事業用という区分が設けられた。また,海外メーカーの台頭や日本企業の海外生産の拡大などの実態を踏まえ,“日本企業における出荷統計”も2012年度から発表している。このように,市場の実態に即して臨機応変に分類や集計方法を変えることができるのも,業界団体の統計の特徴の1つである。

3. 市場を取り巻く外部環境

(1) PESTフレームワーク

市場規模のデータが入手できたところで,次は市場を取り巻く外部環境である。市場のこれまでの推移に影響を及ぼしてきた要因,今後さらなる市場の拡大に寄与すると考えられる要因,逆に成長を阻害する恐れのある要因などを,分析しデータとして把握する。

「太陽光発電市場の発展に影響を及ぼす要因」といっても,あらゆることに何らかの関連がありそうでとりとめがなくなってしまう。そこで,ここでもフレームワーク「PEST」(2)を使って考えていくこととしよう。

図2 太陽光発電市場の外部環境要因

(2) 産業政策に関する情報

Politics(政治)は,太陽光発電に関する政策である。自然エネルギーへの転換が図られる中で,太陽光発電に関してどのような振興策・促進策が採られているのか,また今後に向けて何が話し合われているのかなどがそれにあたる。

これらについて見るには,まず『白書』を探すとよい。太陽光発電であれば,発電→電力→エネルギー,と上位概念を考えていけば「エネルギー白書」にたどり着く。「平成24年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2013)PDF版」注7)には,「再生可能エネルギーの開発,導入及び利用に関して講じた施策」として,固定価格買取制度や再生可能エネルギー発電システム等設備設置に対する補助金,太陽光発電の技術開発・実証段階の取組など,一連の施策がまとめられている。

発電事業は国のエネルギー政策に直結するのでこのようにまとまった資料が手に入るが,すべての業界・市場に関連する「白書」がまとめられているわけではない。しかしながら,すべての産業政策には何らかの形で国がかかわっているものであり,特に問題となることや将来的に懸念されることがある場合には,各省庁の審議会や研究会などが設けられているケースも多い。調査対象の業界・市場に関連する省庁はどこなのかを考え,Webサイトはその省庁の審議会などの情報も含め,一通り見ておくべきだろう。

また,省庁の公式な見解が発表されていなくても,新聞,特に業界新聞などで何らかの報道がされるケースも多いので,これら新聞や雑誌の記事も情報源として考えておくとよい。

(3) マクロ経済動向

Economy(経済)は,いわゆるマクロ経済動向である。経済成長率や景気,株価,為替など,太陽光発電に限らず,電力需要そのもの,さらに言えば日本の産業動向全般に影響を及ぼす要因と考えればよいだろう。これらのデータについては,政府統計でほぼカバーできる。総務省統計局のWebサイトで「政府の総合統計書」としてリンクされている資料(『日本統計年鑑』など注8)や,e-Stat(政府統計の総合窓口)注9)でキーワード検索をしてデータを入手することもできる。

(4) 社会情勢

Society(社会)とは社会・文化的要因である。少子高齢化という社会トレンドは電力需要にも影響を及ぼすだろう。人々のグリーンエネルギーに対する関心の高まりや,エコライフスタイルの浸透の度合い,原子力発電の稼働再開に対する意識なども考えておくべきかもしれない。

人口などの社会トレンドにかかわるデータは,Economyと同様,政府統計から見ることができる。人々の意識に関しては,再生エネルギーの利用や省エネルギーについての世論調査や各種のアンケート調査などがあれば有用であろう。この,消費者意識の情報源については,次回,MCCフレームワークのCustomerの項で詳しく述べることとする。

(5) 技術動向

そして,Technology(技術)。これまで市場拡大のきっかけとなるようなイノベーションがあったのか,現在主流となっている技術はどんなものか,今後活用が見込まれる新しい技術や素材の有無などである。インフォプロの皆さんにとってはなじみの深い情報分野と思われるので説明は省くが,外部環境要因としての技術動向は,市場にインパクトをもたらす技術・イノベーションは何なのか,どのようなインパクトがあるのか,などがポイントとなることを念頭に置いていただきたい。

(6) 市場環境調査の注意点

業界・市場の調査に入りこんでしまうと,市場の外部環境にかかわる情報を見ることは,つい忘れがちになってしまう。しかしながら,どのような業界を見るのにも,その業界に影響を及ぼす外部要因の分析は必要である。たとえば,食品や飲料などの日用品の市場を見るにあたっては,物価や人々の賃金・可処分所得の動向は欠かせないし,少子高齢化という社会情勢は,ターゲットとなる消費者の数,その今後の見通しに直接にかかわってくる。

ただし,業界・市場調査を行っていくうえでは,あくまでもその業界に影響を及ぼす要因を考えるということであり,PEST分析そのものが目的なのではない。「太陽光発電市場」に影響を及ぼしそうな要因に関するすべてのデータを取り上げる必要はないし,その時間もない。太陽光発電市場のこれまでの発展に影響を及ぼしてきた要因は何なのか。今後の市場の拡大にインパクトを与えるのはどのようなことなのかを抽出することが目的なのである。

以上,業界・市場調査のフレームワーク,MCCのMarketについてそのとらえ方と主な情報源を見てきた。次回はCompetitor(競合)とCustomer(顧客)について,さらにみていこう。

本文の注
注1)  http://www.e-stat.go.jp/SG1/NetHelp/default.htm?turl=WordDocuments%2F_307.htm

注2)  http://www.stat.go.jp/data/e-census/

注3)  http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kougyo/index.html

注4)  http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/seidou/index.html

注5)  『情報管理』連載 統計情報活用への招待. vol. 54, no. 4 ~ vol. 55, no. 6.

注6)  http://www.jpea.gr.jp/document/figure/index.html

注7)  http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2013pdf/

注8)  http://www.stat.go.jp/data/nenkan/index1.htm

注9)  http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/eStatTopPortal.do?method=init

 
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