日本薬理学雑誌
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ミニ総説号「遺伝子改変動物を用いた薬理学的研究」
学習·記憶と薬物依存
野田 幸裕鍋島 俊隆
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2002 年 119 巻 4 号 p. 213-217

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抄録

近年,種々の神経精神疾患の病態を薬理学的に解明しようとする研究は,遺伝子のクローニングやノックアウト等の遺伝子工学や分子生物学的手法の導入によって飛躍的に進歩してきた.例えば,遺伝子変異マウスを用いた行動薬理学的研究,培養細胞や摘出標本などを用いた分子生物学的研究および神経化学的研究から学習·記憶や薬物依存の形成には,細胞内シグナル伝達の活性化および神経遺伝子発現の調節が重要であることが見出されている.我々は,脳内カテコールアミンの合成能を遺伝的に障害し,ドパミンおよびノルアドレナリン作動性神経機能を低下させたtyrosine hydroxylase(TH)遺伝子変異マウスの潜在学習能力を調べたところ,野生型マウスに比べ潜在学習能力は低下していたが,他の空間認知記憶能には差はなかった.また,TH遺伝子変異マウスは,モルヒネ依存を形成しなかった.この変異マウスの脳内cyclic AMP(cAMP)含量は,野生型マウスに比べ有意に減少していたことから,脳内カテコールアミン作動性神経系の機能低下による細胞内情報伝達系の低下が,潜在学習障害やモルヒネ依存の発現に関与していることが示唆された.そこで,cAMP response element(CRE)の共役因子のCRE結合タンパク(CREB)結合タンパク(CBP)遺伝子を改変させたマウス(CBP遺伝子変異マウス)を用いてcAMPから核内のCREB,CREおよび標的遺伝子の転写へと続く一連のカスケードが潜在学習やモルヒネ依存にどのように関与しているかを検討した.この変異マウスにおいても潜在学習能力は低下しており,モルヒネ依存は形成されなかった.以上の知見から潜在学習およびモルヒネ依存の形成には脳内カテコールアミンおよびcAMPが関与する情報伝達系が重要な役割を果たしていることが示唆された.

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© 2002 公益社団法人 日本薬理学会
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