日本薬理学雑誌
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ミニ総説号「チロシンキナーゼの標的治療薬」
ヒト化抗HER2モノクローナル抗体ハーセプチン®の創薬の経験
仁平 新一
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2003 年 122 巻 6 号 p. 504-514

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抄録

ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)はEGF受容体ファミリーに属する膜タンパク質であり,その細胞質領域にチロシンキナーゼ活性を有する.HER2タンパク質の過剰発現は癌細胞の増殖の亢進,転移能の上昇など癌細胞の悪性化と関連することが非臨床研究から示唆されており,実際,臨床ではヒト乳癌の20−30%の患者でHER2過剰発現が観察され,このような患者群では無病期間の短縮,再発率の上昇,生存期間の有為な低下など,予後が不良であることが報告されている.ハーセプチンはヒトHER2分子を標的分子とした分子量148 kDaのヒト化モノクローナル抗体であり,HER2分子の細胞外領域のエピトープ(aa529-625)と特異的に結合する.これまでに実施された基礎試験結果から,(1)抗体結合よる直接的細胞増殖抑制活性,(2)免疫細胞による抗体依存性細胞障害活性の誘導,が作用機序として推定されている.最近,本剤による血管新生阻害も作用機序の一つとして注目されている.本剤の海外での第III相比較試験では,HER2過剰発現転移性乳癌患者を対象として,化学療法薬との併用で,化学療法単独群と比較して病勢進行までの期間,生存率の延長等の有為な向上が観察された.一方,安全性では点滴静注時とりわけ初回の投与時に発熱,悪寒,震え等の症状が高頻度に観察された.分子標的抗癌薬ともいえる本剤の開発においては,標的となる患者集団での有効性と安全性を実証する臨床試験が必要であり,その標的患者選択のために本剤では開発段階から免疫組織化学染色法(IHC)あるいはFISH法を開発·標準化し,患者選択の検査法として導入した.患者個々でのHER2過剰発現レベルに基づいて本剤の投与を決定する,いわゆるテーラーメイド治療を実現するためには,実施可能な検査アルゴリズムを確立し,転移性乳癌治療の治療体系に導入することが不可欠であった.

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© 2003 公益社団法人 日本薬理学会
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