日本薬理学雑誌
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ミニ総説「感覚系薬理の新展開」
匂い認識の分子基盤:嗅覚受容体の薬理学的研究
堅田 明子東原 和成
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2004 年 124 巻 4 号 p. 201-209

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抄録

数十万種類とも言われる多種多様な匂い物質を識別する嗅覚受容体は,多くの創薬の標的となっているGタンパク質共役型受容体ファミリーに分類され,その中でも最大の多重遺伝子群を形成している.近年,筆者らはクローブ様の香りを呈する匂い物質,オイゲノールを認識するマウス嗅覚受容体mOR-EGの単離同定を起点とし,嗅覚受容体の薬理学的解析を行ってきた.培養細胞で匂い応答を効率よく測定できるアッセイ系を確立し,mOR-EGの匂いアゴニスト・アンタゴニストのスクリーニングを行った結果,閾値が数百nM~数百µMにわたる22種類のアゴニストと,阻害活性の異なる3つのアンタゴニストを同定した.次に,匂いリガンド結合様式を解析するため,ウシロドプシンのX線結晶立体構造を鋳型にmOR-EGの三次元立体モデルを構築し,リガンド結合シミュレーションを行った.リガンドとの相互作用が予測されたアミノ酸に部位特異的変異を導入して匂い応答性を解析したところ,膜貫通領域3,5,6番目に存在するアミノ酸残基が匂い認識に特に重要であることが明らかとなった.これらの結果から,嗅覚受容体は匂い分子の微妙な構造的エピトープの違いを,特に疎水的相互作用を介して識別することで,様々な匂いリガンドを広範囲の親和性で認識していることが示唆された.得られた結合様式をもとに単一アミノ酸変異を導入し,匂いリガンドの親和性を予測どおり変化させるという受容体デザインにも成功した.生物が多種多様な匂い物質を識別する嗅覚システムの分子基盤が明らかになったのと同時に,今まで製薬会社などでオーファン受容体スクリーニングから排除され軽視されてきた嗅覚受容体が,Gタンパク質共役型受容体の薬理学的構造生物学的研究を行う上で格好なモデル受容体となることを強く示唆している.

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