日本薬理学雑誌
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総説
特異体質性薬物毒性
山田 久陽山口 順一飯田 泉奥山 茂
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2006 年 127 巻 6 号 p. 473-480

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抄録

特異体質性薬物毒性(IDT:Idiosyncratic drug toxicity)は,動物実験や臨床試験では発見されることはほとんどない.IDTは医薬品として上市され,より多くの患者さんに使用されて初めて発現する重篤な副作用であり,肝毒性,心臓毒性,血液・骨髄毒性,アレルギー反応などが報告されており,時として死亡例も見られる.IDTは一般に5,000人から10,000人に1人あるいはそれ以下と発症率が低く,既知の薬理学的作用とは無関係な毒性で,単純な用量反応性がないとされている.また,一般にIDTの発現は薬物服用開始後数週間以上と遅く,前述したようにその予測が困難であるなどの特性を有する.近年の具体例としては糖尿病治療薬のTroglitazoneが記憶に新しいところである.IDTは反応性代謝物生成などの薬物自体の要因のみならず,遺伝的要因として薬物の標的や代謝に関する酵素などの遺伝子多型,環境要因として食事,飲酒,喫煙および疾患などが複雑に重なり合い発現するとされる.その発現機序には薬物の代謝により生成される反応性代謝物の関与が重要な役割を演じており,それに加え免疫系の関与も考えられている.IDTの回避には医薬品候補物質の探索研究において,反応性代謝物を生ずる可能性のある化学構造を避けて合成計画を立案することが重要である.反応性代謝物の検出には,代謝活性化に基づくヒト薬物代謝酵素P450分子種の阻害活性測定法,還元型グルタチオンなどの捕捉剤を用いたトラッピングアッセイおよび放射性同位体標識化合物を用いた生体高分子への共有結合量の測定法などがある.また,トキシコパノミクスの技術を導入してIDT惹起物質のバイオマーカーを検索する試みも実施されている.IDTのリスク評価に際しては,開発候補物質に共有結合能が見いだされたとしても,リスクと有用性を考慮して開発の継続あるいは中止を決断する必要がある.現在,IDTを回避する方法は確立されていないが,今後,IDTの発現機序をさらに詳細に研究し明らかにすると同時に,より精度の高いスクリーニング法の開発に注力すべきである.これらの努力により新薬開発の早期段階でIDT惹起物質を排除し,市場導入を防ぎ,患者さんに有効でより安全性の高い医薬品を提供できることになると思われる.

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© 2006 公益社団法人 日本薬理学会
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