日本老年医学会雑誌
Print ISSN : 0300-9173
老年者の高血圧治療ガイドライン, 1995 (長寿科学総合研究班 試案)
厚生省長寿科学総合研究「老年者の高血圧治療ガイドライン作成に関する研究」班
荻原 俊男日和田 邦男松岡 博昭松本 正幸島本 和明大内 尉義阿部 功藤島 正敏森本 茂人中橋 毅三上 洋小原 克彦高崎 幹裕滝澤 哲清原 裕井林 雪郎江頭 正人石光 俊彦中村 敏子増田 敦高川 芳勅
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1996 年 33 巻 12 号 p. 945-975

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抄録

老年者高血圧は, 成因および病態において若・中年期の高血圧と異なる特徴を示し, また診断および合併症, コンプライアンス, QOLへの注意などその管理上独特の配慮が必要となる. 高血圧の有病率は加齢とともに増加し, 老年者においても高血圧は心臓病, 脳卒中などすべての循環器疾患の共通で最も重要な危険因子である. 一方, 老年者高血圧患者を対象とした長期介入試験により, 降圧薬治療による心血管疾患発症予防に対する有効性が明らかにされた. 本報告は, 厚生省長寿科学総合研究事業「老年者の高血圧治療ガイドライン作成に関する研究」班の検討をもとに, 我が国における老年者高血圧の病態およびライフスタイルの特殊性を考慮し, また内外の長期介入試験の成果をも勘案し, 我が国における老年者高血圧に対する管理・治療指針の試案を提示する.
1. 老年者の血圧値と血圧日内変動
収縮期血圧は加齢とともに上昇, 拡張期血圧は老年期では逆に低下し, その結果, 脈圧は加齢とともに増大する. このような血圧値の加齢による変化は主として大動脈の伸展性の低下によって起こる. したがって, 老年者での高血圧の基準は別個に定める必要がある.
老年者では血圧の調節機能が低下しており, この結果, 老年者では血圧の日内変動は大きい. これは大動脈の硬化に起因する圧受容体の機能低下が主たる原因である. 血圧日内変動測定の臨床的意義については, 血圧日内変動の平均値は随時血圧よりも高血圧の重症度や心血管疾患の発症とよく相関するなど, 高血圧の予後を評価する上で随時血圧よりも有用である. 老年者における血圧日内変動測定の適応としては, (1)外来での随時血圧が大きく変動する症例, (2)白衣高血圧の疑われる症例, (3)降圧療法に抵抗性の高血圧, (4)自律神経障害を有する症例, (5)起立性低血圧, 食後血圧低下の疑われる症例, (6)虚血性心疾患, 脳梗塞の既往を有する症例, (7)発作性高血圧を呈する症例などがあげられ, 老年者における高血圧の病態の解明のみならず, 白衣高血圧の診断, 降圧療法の良否の判定などに有用である.
2. 診断に対する注意事項
老年者高血圧の診断においては, 血圧基準自体は若・中年者と同じであり, JNC-V (1992年) およびWHO/ISH (1993年) いずれにおいても収縮期血圧140mmHg以上, 拡張期血圧90mmHg以上の両方またはいずれかを有するものとなる. しかしながら, 老年者では加齢に伴う種々の疾患特異性があり, 老年者の診療上それらに十分留意しなければならない. 分類上の特徴としては, 動脈硬化による Windkessel 効果減弱にもとづく収縮期高血圧が多い事がまずあげられる. 診断上の注意点としては, 各種2次性高血圧や脳, 心, 腎, 大血管, 末梢動脈などでの合併症を念頭において詳細な病歴をとる事は当然である. 循環調節機能低下による高度の血圧日内変動があるため, 血圧測定は繰り返し慎重に行うべさで,起立性低血圧もありうるため, 常に坐位, 臥位, 立位の3つのことなった体位で血圧を測る習慣をつけるべきである. 家庭血圧や24時間血圧測定も必要に応じて参考にすべきである. また, 二次性高血圧については, その分布, 原因等に若年者との相異点がみられ, 原発性アルドステロン症, 褐色細胞腫など内分泌性高血圧が少なく, 腎実質性や腎血管性高血圧が多いことが特徴となるため, 診断上特に注意を要する. 一方, 降圧利尿薬使用患者での原発性アルドステロン症や血圧変動性が特徴的な老年者における褐色細胞腫は薬剤による低K血症や病態上の特徴と紛らわしく, 見逃しやすくなるため特に注意を払い鑑別すべきである. 老年者では, 全身性に様々な疾患を有していることが多く, 心血管系をはじめとする高血圧による臓器障害の評価にあたっても慎重を期する.
3. 治療の必要性
海外における60~70歳以上を対象とした老年者の軽・中等症高血圧に対する介入試験により, 降圧薬治療による心血管疾患の予防効果が明らかにされている. 高血圧治療に際しては高血圧以外の危険因子の存在や標的臓器障害の有無も考慮に入れて降圧薬治療を開始する. 介入試験の成績から収縮期高血圧および拡張期高血圧いずれも降圧薬治療が必要であり, 特別な合併症がなければ収縮期血圧が160mmHg以上, 拡張期血圧が90~95mmHg以上であれば降圧薬治療の対象になると考えられる. 何歳までが治療対象になるかということについては介入試験からは80歳代前半までは新規治療の対象になると考えられるが, 老年者では個人差が大きいので一概に暦年齢だけで治療の適否を判断せず, 合併症がなくても高血圧の程度が強い場合や, 高血圧に伴う危機的合併症のみられる症例では, 年齢の上限を考慮せずに降圧治療を進めるべきであると思われる. 降圧に際しては過度の降圧による循環障害に注意して緩徐な降圧をはかるように心がける.

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