日本鳥学会誌
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個体群保全に対する行動学の有効性
藤田 剛
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2003 年 52 巻 2 号 p. 71-78

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抄録

近年,行動学の成果を積極的に保全に応用しようとする試みが盛んになり始めている.その理由として行動研究者が保全に興味をもつようになったことが挙げられる.しかし,より重要な要因として,保全生物学が盛んになるにしたがい,保全活動の中でもともと補助的だと思われていた行動学が必要な場面が増えたこと,1970年代から急成長した行動生態学が成熟し,行動生態学者がその成果の応用にも注目し始めたこと,個体の行動と個体群動態という2つのレベルの関係に注目した研究が活発化し始めたことが考えられる.人工繁殖や個体群導入のような保全プロジェクトでは,個体数が非常に少ない動物を対象にすることが多く,本来とはちがう条件下でのつがい形成,交尾,育雛などをうまく行わせるために,行動学上の知見が必要になる.保全問題では,生息地変化による個体群への影響予測が必要になる.この影響予測に使われる個体群モデルでも,個体の行動が個体群動態におよぼす影響が重視されるようになった.個体の採食能力の差や,採食場所選択などの行動プロセスを組み込んだモデルは,餓死率などの個体群パラメータをよく予測できることが示されている.また,同様に採食場所選択の行動プロセスを組み込んだモデルは,地域内での動物の分布を予測できるため,農業被害の解決を目指した研究にも応用されている.さらに,行動プロセスの理解は,有効集団サイズの推定にも必要になる場合がある.たとえば,婚姻システムや性選択,誕生性比の調節,そしてヘルパー行動などは有効集団サイズに影響する.ヘルパー行動には,天候異常などの環境変動による影響を緩和する効果もあることが示されている.ここで紹介したような保全への応用を目的とした行動研究の成果は,個体の行動と個体群動態の相互作用という基礎科学的なテーマの重要な実証例になっている.この点において,行動学を保全に応用する試みは,応用科学と基礎科学の理想的な相互作用を実現する可能性をも孕んでいる.

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