日本鳥学会誌
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個体レベルの行動研究はどのように野生動物の保全に役立つか
ツキノワグマとニホンジカの行動研究を保全に応用する
南 正人
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2003 年 52 巻 2 号 p. 79-87

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抄録

個体レベルの行動学的な研究が,どのように野生動物の保全に役立つかを,日本国内において行動レベルでの研究が行われている哺乳類の二つの例を挙げて検討した.これらの研究手法は鳥類研究でも共通であると同時に,保全研究の意義についても鳥類研究者と共通の議論が可能だと考える.長野県軽井沢では,個体群の絶滅が危惧されるツキノワグマ Ursus thibetanus がゴミに餌付いている.1998年7月から2002年9月まで,16個体のツキノワグマを捕獲し,発信器を装着し,個体識別して追跡調査を行った.その結果から,危険な3個体は駆除し,危険でない13個体は「移動放獣」や「学習放獣」などを行った.このような手法により,個体群に大きなダメージを与えることを回避した.被害を発生させる程度に個体差があることを解明し,個体に応じた対策を講じるという手法を日本で応用した例はまだ少ないが,鳥類も含め多くの種に応用可能だと考えられる.宮城県の金華山では,ニホンジカ Cervus nippon の150個体の群れを全て個体識別し,14年間追跡して,行動生態学的な研究を行った.個体の生涯を通しての形態の変化,栄養学的な変化,繁殖成功度などを調べた.個体群動態と個体の生残や繁殖成功度が深く関係していることが示唆された.まだ情報は限られているが,この例は,長期にわたる集中調査から,個体間関係や個体の繁殖戦略などが個体群動態に影響すると同時に,個体数密度や食物量,さらに偶然に起こる環境の変動などの要因が個体の生残や繁殖成功度に影響していることを示している.これは,長期にわたる行動レベルの研究が行われて初めて重要性が認識できる問題である.鳥類でも海外ではセイシェルヨシキリ Acrocephalus sechellensis のように,動物の社会が個体群動態に影響する可能性も示され始めており,日本の鳥類においても,同様な研究の必要性があると考えられる.

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